誰もが身近な誰かを想う、大人のための映画。『エセルとアーネスト ふたりの物語』
文・坂上みき
“普通の良さ”がわかるのは、それなりに大人になってからだ。パパはパイロット、ママはデザイナー、子供のころは、そんな華やかなリカちゃんファミリーに憧れ、「普通」を呪ったものだ(私だけか?!)。日常の些細なことが、ぎゅっと抱きしめたくなるほど愛おしい、レトロな風合いが心地いい、大人のための映画。
あの『スノーマン』の作者であるレイモンド・ブリッグズが、普通の両親の、普通の人生を描いた絵本『エセルとアーネスト』が原作。1928年のロンドンで、牛乳配達員のアーネストとメイドのエセルは出会い、一人息子のレイモンドを授かる。ヒトラーの台頭、第二次世界大戦、広島の原爆投下、戦後の若者文化、アポロの月面着陸、と世相を盛り込みつつ、’71年に共に亡くなるまでの半生を、潔いまでに淡々と、描いた。決してドラマチックじゃないけれど、きっと誰もが、身近な誰かを想う。私は、「YesDarlinℊ」の一言で、今は亡き義理の父が蘇り、しばし、あたたかな気持ちになった。
小さな裏庭のある、スィートホーム。自分たちで修理をし、死ぬまで身の丈で暮らす幸せ。新聞やラジオのニュースに耳を傾け、意見の違いにピリッとすることがあっても、どちらかがユーモアで返すあうんの呼吸。アポロのニュースでは、「月の石を持って帰るらしい」「ふ〜ん、まるで海辺の子どもね」。そんな何気ない二人の会話をずーっと聞いていたかった。
家の寸法と比率を完ぺきに再現し、昔の牛乳瓶の音、本物のスピットファイヤーの音を録音するという徹底したリアリティによって、説得力がいや増す。そのこだわりは、原作者レイモンドに恥じない仕事をしようという作り手の心意気であり、リスペクトだ。何しろ、ポール・マッカートニーが彼の大ファンで、エンディング曲を書き下ろし、自ら歌っている。粛々と、でも隅々まで愛が詰まっているのだった。
坂上みき
(さかじょう・みき)●パーソナリティー、ナレーター。現在『坂上みきのエンタメgo!go!』(ラジオ日本、月曜〜金曜8時50分〜)に出演中。
『エセルとアーネスト ふたりの物語』
ロジャー・メインウッド アニメーション監督:ピーター・ドッド 9月28日より東京・岩波ホールほか全国順次公開。https://child-film.com/ethelandernest/
『クロワッサン』1006号より
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