『指輪物語』を生み出す源を青年期から丹念に描く力作。映画『トールキン 旅のはじまり』
文・永 千絵
子役から立派に成長、どの出演作品にも印象深い役柄で登場するニコラス・ホルト。『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』で孤高の作家サリンジャーを演じるのを見て「あのコがこんなに立派になって……」という老婆心はもう必要ない、と感じたものだ。『トールキン 旅のはじまり』でホルトくんは、あの『指輪物語』を生んだ大作家トールキンの若き日々を演じている。
本好きの友だちが“ナルニア派”と“指輪派”に分かれていた記憶がある。『ナルニア国物語』と『指輪物語』を並べてよいかどうかはおいといて、“ナルニア派”だったわたしが映画『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の公開と並行してなかなか手が出なかった『指輪』全冊を読み通し、そのスケールのあまりの大きさに圧倒されたのは、だからつい最近のこと。
『指輪物語』を読めば、この壮大な物語を描いた作家がどんな人生を送ったのか、興味を持たずにはいられない。トールキン自身はプライベートと作品との関係を否定したらしいけれど、この映画の製作者たちがトールキンとその作品のファンとなれば、作品誕生の秘密は探られて当然だし、観る側もそこを期待してしまう。
映画は、第一次世界大戦に従軍したトールキンが、地獄のような激戦地ソンムをさまよい、親しい友人の行方を探す場面から始まる。トールキン少佐にしつこくつきまとう兵士が「サム」と呼ばれるのを聞いた瞬間、“指輪”ファンの胸は騒ぐに違いない。トールキンが決死の覚悟で探し求めるのは、学生時代、互いの将来への夢と希望を語り合い励まし合った親友だ。貧しかった少年時代、禁じられた初恋、無二の関係を築いた仲間たち、ここから生まれた二十世紀を代表する文学作品……。ひとりの青年とやがて生まれる傑作の物語はファンでなくても楽しめるし、これを機に、分厚い本を手にとる喜びを味わってみるというのはどうだろう。
永 千絵
(えい・ちえ)●1959年、東京生まれ。映画エッセイスト。現在、VISAカード情報誌の映画欄にて連載を受け持つ。
『トールキン 旅のはじまり』
監督:ドメ・カルコスキ 脚本:デヴィッド・グリーソン、スティーヴン・ベレスフォード 出演:ニコラス・ホルト、リリー・コリンズ、コルム・ミーニイ。8月30日より東京・TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国順次公開。http://www.foxmovies-jp.com/tolkienmovie/
『クロワッサン』1003号より
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