100年以上愛され続ける滋味深いだし、京都の食堂「大鶴」が紡いだ物語。
撮影・ハリー中西 文・泡☆盛子
【三条堺町】大鶴(だいつる)|1905年創業
かつては呉服店の問屋街、今は観光客も多い三条通で4、5代目が暖簾を守る。
柔らかな井戸水で仕込む滋味深いだしを使ったそばやうどん、丼が豊富で目移りもまた楽しい。
だしが優しく香り立つ親子で守る代々の味。
「大鶴いう店名は、初代・太田垣鶴造(つるぞう)の名前から来てるんです」。
そう語るのは4代目店主の太田垣哲男さん。
1905(明治38)年に哲男さんの曽祖父にあたる鶴造さんが二条西洞院で開業したのち三条高倉への移転を経て、80年ほど前に現在の三条堺町に落ち着いた。店は来年、120年目を迎える。
創業時はうどんがメインだったが、哲男さんの父の代からは手打ちそばも加わり品数は徐々に増加。今も根強い人気を誇るちらしそばもこの頃から始まった。
哲男さんは大学卒業後、そば・うどんの名店『権兵衛』で修業して実家に戻り、当主となる。
「若い頃はサラリーマン小説が好きでよう読んでたものの、自分は会社に勤めるんやなくて店を継ぐんやろなぁと思てました」
今でこそ新しい飲食店やショップなどが軒を連ねる三条通だが、当時は呉服の問屋が多く、食べ物屋は少なかったという。
「月初めには問屋さんが地方から来た取引先のお客さんをお連れされるのがお決まりでした。月末には残業の皆さんへ出前することも多かったですね。パソコンが普及する前の話です」。
いそいそとそろばんや帳簿をよけて、湯気の立つ丼を手にする昭和の勤め人たちのうれしそうな顔が目に浮かぶ。その頃の客が退職後に訪ねてきて「味変わらへんね、うれしいです」と懐かしげに話すことも少なくないそうだ。
「そんなこともあるから、僕の代で味を変えるとお客さんに悪い」と、謙虚に丁寧に仕込みをする哲男さん。
味の根幹となるだしには、敷地内に湧く清冽な井戸水を使用。京都の井戸水は軟水でだしが出やすく、料理人の心強い味方だ。礼文島・船泊の利尻昆布、ウルメ、サバ、2種類のメジカの節を合わせただしは香り馥郁、味わい豊か。
冷たいそばには、東京・神田の老舗『神田まつや』で修業した息子の悠祐さんによる手打ち麺を用いる。洗練された味の更科系そばとだしが効いたそばつゆの相性は抜群。5代目を担う悠祐さんも哲男さん同様に静かな情熱を秘めた職人気質で、店の将来は盤石だと確信できる。
品書きには麺類と丼、約40品が並び、目移りを誘う。なかでも手打ちそばを使った名物のちらしそば、けいらんやのっぺい、たぬきといった京都ならではのあんかけうどん各種が特に好評。夏ごろには悠祐さんおすすめの胡麻せいろやすだちそばも登場する。
昔を知る客も、若い観光客もそれぞれに落ち着いてお腹を満たせる街角の食事処。「鶴は千年」の言葉にあやかって、後々の代まで長く長く続いてほしい。
●京都市中京区三条通堺町角
TEL.075・221・4434
営業時間:11時~16時(土曜は~15時の場合あり)、17時30分~19時 日曜・祝日休ほか不定休あり 予約不要
『クロワッサン』1113号より