特別展『本阿弥光悦の大宇宙』東京国立博物館 平成館【青野尚子のアート散歩】
文・青野尚子
美のマルチプレイヤーの宇宙へ。
戦乱の時代を生きた本阿弥光悦は、漆芸や陶芸など幅広い工芸品を生み出し、刀剣鑑定や能書(書の名人)としても一目置かれたマルチプレイヤーだ。彼の幅広い「美」の領域は展覧会のタイトルどおり「大宇宙」のように感じられる。その光悦の美の源泉に迫る展覧会が開かれる。
一つが光悦が深く帰依した日蓮法華宗によるネットワークだ。彼は本法寺などを通じて京の豊かな町衆たちと交流していた。また晩年に京都・鷹峯(たかがみね)にひらいた光悦村には、法華信仰のつながりによる多彩な職人たちが集ったと思われる。
展覧会に出品される国宝《舟橋蒔絵硯箱》には光悦の美意識が光る。
大きく湾曲した蓋は金地に鉛の板を配したものだ。これら一連の漆工作品には光悦が何らかの形で関与したと考えられており、現在「光悦蒔絵」の名で知られている。この《舟橋蒔絵硯箱》には『後撰和歌集』の源等(みなもとのひとし)の和歌が散らし書きにされているのだが「舟橋」の文字はなく、箱のデザインから読み取るようになっている。古典文学をこんな遊び心ある形で引用したこの硯箱は、教養ある京の人々の心をとらえたことだろう。
会場にはこのほかに金銀泥の鶴が描く紋様のような下地に合わせて字形や字配りを変えた《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》、樂家との交遊から生まれたと思われる個性豊かな茶碗なども並ぶ。光悦の大宇宙で美に浸り、遊ぶ、年初にふさわしい展覧会だ。
特別展『本阿弥光悦の大宇宙』
1月16日(火)~3月10日(日)
●東京国立博物館 平成館(東京都台東区上野公園13・9)
TEL.050・5541・8600(ハローダイヤル)
9時30分~17時 月曜、2月13日休(2月12日は開館)
入館料2,100円ほか
本阿弥光悦は当時、「へつらうことが嫌い」「異風者」(『本阿弥行状記』)とも評された。信仰にも美にも、自らの信じるものを貫く態度が他者にはこう映ったのだろうか。
『クロワッサン』1109号より