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50代で映画監督になった松井久子さんの
人を動かす素手のパワー。

50代で映画監督となった松井久子さん。作品は多くの女性の共感を得て、支援者が集まり、全国で自主上映会が開かれる。人生を切り開き、人の心を動かすパワーはどこからくるのか。
  • 撮影・小出和弘 文・後藤真子
『レオニー』(2010年公開)のロケ現場にて。日米13都市にわたって撮影した。「年を重ねるごとに自由になり、自分がやってもいいことが増えてきます」(写真提供:松井さん)

 20 代の頃は雑誌のフリーライター、 30 代でテレビ番組の制作業に転身し、 50 代で映画監督としてデビューした。 新しい分野に果敢に挑み、前進し続けてきた松井さん。映画を撮りたいと思ったきっかけは、 47 歳の時に読んだ、 吉目木晴彦さんの芥川賞受賞作『寂寥郊野』。戦後まもなくアメリカへ嫁いだ日本人女性が、アルツハイマー病を発症する物語だ。

「日本では、まだあまり知られていなかった病気です。でも当時、これからの日本は老いの問題と向き合う時代になると思いました」

 映画の世界ではなかなか企画が理解されず、資金集めに3年もかかるなど、さまざまな苦労の果てに完成した初監督作品『ユキエ』は、劇場公開後に思わぬ形で反響を呼ぶ。映画を観た女性たちが、全国で次々と自主上映会を開いてくれたのだ。

「女性の側から女性を描ける、それが私の存在証明になっています。当時は映画やドラマの作り手はほぼ男性のみでしたから」

 リアルな女性を描いた作品を待っていた女性観客は、確かにいた。それが決して少数ではなかったことが、2作目、3作目で、さらに証明されていく。

一般の人が、観たい映画を資金集めから支援する。

 2作目の『祈り梅』はアルツハイマー病の姑を嫁が介護する話。『ユキエ』の上映会を開いた人たちが中心となり、「『折り梅』応援団」を発足させて製作から上映までをサポートしてくれた。映画の登場人物と同じように、親の介護や老いの問題を抱えていた全国の女性たちが共感し、『折り梅』の観客動員は100万人を超えた。

 一般の観客が、観たい映画を資金集めから支援するというこのスタイルは、続く三作目『レオニー』にも引き継がれた。

「ハリウッドでも日本でも、イサム・ノグチを主人公にした映画を撮りたいという男性監督はいるでしょう。でも私は、母親レオニーに光を当てたいと思いました。野口米次郎を世に出して、その子イサム・ノグチを未婚の母として育てたレオニーの姿は、女性たちに勇気を与えると考えたのです」

主催メンバーが開場前にポスターを貼りセッティング。有志の手作り上映会ならではの風景。
上映会の受付近くにあったカンパ箱。松井さんを支援する人たちの気持ちが伝わってくる。

 支援者も、自分たちの手で上映会を 実現し、「普通ではできない経験をさ せてもらった」と喜ぶという。そこに は、趣味や仕事では味わえない、非日 常の達成感がある。『ユキエ』の公開 は1998年。当時 20 代~ 30 代だった 女性たちは、 18 年経ったいま、「すごく 素敵に年を重ねている」と松井さん。 ふだんから親密につき合っているわけ ではないのに、新作を撮るとなれば、 「松井さんが作るのなら何もしないで いられない」と動いてくれる。人の心 を動かし、巻き込んでいく自身の力を、 松井さんはこう分析する。

「巻き込もうという意識はないのに、 なぜか応援してくれる人が集まってく れる。それはたぶん、私が『素手』だ から。組織に守られず、一人で何かを しようと挑む、その姿に励まされると よく言われます。どこにも属さず生き てきたことはハンディキャップだと思 っていましたが、いつのまにかアドバ ンテージになっていました。どこにも 属さないのは、孤独だけど自由です」

全国を回り、舞台挨拶や観客とのトークを行う。写真は『不思議なクニの憲法』の出演者と。

『クロワッサン』931号より

●松井久子さん 映画監督/アルツハイマー病と夫婦愛を描 いた『ユキエ』で映画監督デビュー。最新作は今年 公開されたドキュメンタリー『不思議なクニの憲 法』。著書に『ターニングポイント–「折り梅」1 0 0万人をつむいだ出会い』(講談社)ほか。

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