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作家・佐藤愛子さんインタビュー[後編]
「一生懸命に生きている人は美しい。それがパンツ一丁であってもね(笑)」

理不尽とも思える苦難をどんと正面で受け、えいやっと剛力で薙ぎ倒す。作家・佐藤愛子さんの半生を振り返りながら、ぶれのない生き方、力強さの源を教わります。
  • 撮影・岩本慶三

ーー最初に連絡したとき、最近の政治の問題、オリンピックや原発のことなどについても意見を伺いたいと伝えたら、佐藤さんは「私は自分の身に降りかかってきたあれこれを天下国家のせいにしたことなど一度もない」と。

新聞は朝日と産経。取材時はちょうど舛添問題真っ盛りの頃だった。

「私は自分の好きに生きてきただけでね。政治が悪いからとか、環境がどうとか、そういったことを考えるのは無意味だと思ってます。佐藤さんのような強さを持てないと人はいうけれど、そもそも強さがないんじゃなくてね、苦しむ経験をしたことがない、今の人は。苦しんだ人間だけがいろいろ考えて、本質に近づけるんですよ。仕方のないことですが、今の人は戦後の貧乏を知りませんからねえ。おむすびひとつで親子げんかになって、息子が親父を殺した事件もありました。殺人の原因がおむすびひとつ。そういう時代です。〝それはけしからん〟〝考えられないわ〟というのは簡単。でもそういう現実があるんだから。

 今日(取材当日)も舛添(要一)さんが都知事を辞任したわけだけど、家族旅行がどうとか、絵がどうとか、マスコミも世間もうるさいですね。それはひとつひとつの現象でしかないんですよ。なんでこういう人を知事にしたのかっていう問題はある。だけど〝こういう人〟だってことがあらかじめわかる人なんていませんよ。そんな超能力は誰も持ってない。〝なぜこんな人を選挙したのか、我と我が身を恥じる〟なんていう投書を見ると、溜め息が出ますね。そんな簡単なものじゃないですよ。

それに人間は変化するんです。環境によって。そこまで見通せるなんてことができるわけがない。デパ地下のさと婆ばあというスリのおばあさんを新聞で見ましたがね。別にお金が必要じゃなくてもスリをしないでいられないっていう。舛添さんも山のようにお金があるに違いないのに、漫画でもなんでもつい〝領収書!〟となるのはさと婆とおんなじ、一種の病気みたいなものと思っていればいいこと。日本中がよってたかって、せこいの何のとここぞとばかりに悪口をいう快感に溺れて。日本人も劣化しましたね」

現象をあげつらって 反応することは無意味なこと。

ーー現象だけ見ていても本質はつかめないと?

「そうですよ。元亭主にもさんざんな目に遭わされましたけど、彼が起こした現象に対して怒りはするけれども、その本質的なところではね、彼は彼なりに一生懸命生きてるんだと思っていました。そんなふうに話すと『晩鐘』の読者が〝やっぱり佐藤さんはご主人を愛しておられたんだわ〟とかって言うんですよ。もうムカついてね、何を寝言言ってるんだと。そういう男と女のことじゃないんですよ。人間として彼なりに一生懸命生きたことを認めたいんです。そう、彼なりに、です。よく怒るけれども許したいんです」

ーー大きな愛は伝わりにくいですね。

「私は一生懸命生きてる人が好きなんですね。変だろうが嫌われ者だろうが。あるときテレビでホームレスの問題をやっていて、ゴミを漁ってる人にレポーターが〝向こうで炊き出しやってるからそこへ行けばいいじゃないですか〟って言ったんです。そしたら、その髭もじゃもじゃのじいさんが、憤然としてね、〝俺は人の恵みは受けたくないんだ〟って。〝自分の食い物くらいは自分の力で探す!〟とすごい剣幕で。私はもう、ものすごく感動したんですよ。あの人に会いたいッって(笑)。ハグしてね、がんばってますねッと言いたくなるの。昔の日本の男なんですよ。そういうのにものすごく感動しちゃう。一生懸命生きてるっていうのは美しいですよ。お笑いの若手でほら、パンツ一丁の(芸人・とにかく明るい安村)。あのくだらなさ! こんなつまらないことに一生懸命頭を絞ってやってるのかと思うとね、もう一掬(いっきく)の涙を禁じえませんね、私は!」

クロワッサン』931号より

●佐藤愛子 作家/2016年は『孫と私の小さな歴史』『役に立たない人生相談』、さらに『九十歳。何がめでたい』と怒濤の刊行ラッシュに「いや、ふざけた本ばかりで」と佐藤さん。一族の荒ぶる魂の物語『血脈』、かつての夫への鎮魂歌『晩鐘』は必読です。

インタビュー前編はこちら。

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