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【木皿 泉こと 和泉 務さん × 妻鹿年季子さん】世話をするから大事になる、手放したくなくなるんです。【後編】

  • 撮影・青木和義

「いつか幸せに」じゃなくて、今幸せな暮らしをしたい。

「うちの夫婦の関係は、友情、仲間に近いのかもしれない」(務さん)

これまでの人生を振り返って、「ずっと旅をしているような感じ」と二人は何度も言った。
「十五少年漂流記、みたいなね。僕らは漂流夫婦なんです」
「仕事も、結婚も、流れ流れて今に至る。老後の夢とか将来設計もなく、私たちはいつも目の前のことだけ、あんまり先のことは考えてないから不安はないんです。結婚生活に不安や不満がある人は、先のことを考え過ぎてるのかも。老後の安泰とか、子どもの成功とか。あとは人と比べてまだ何が足らないとか。でも、先のことなんて一人じゃどうにもならないじゃないですか。世間が決めた基準を達成できないから不幸、じゃなくて、幸せの定義にもっと幅を持たせていいと思うんです」

病気、結婚を経ても二人の関係はまったく変わらない。それは、一緒に積み重ねてきた「日常」があるからだと年季子さんは言う。
「病室でも、コンロ1つの1Kの部屋でも、スイートルームや別の星に行ったって、トムちゃんとはずっと同じ。“のんき”でつつがない日常って、どんな状況も飲み込んでしまうんです」
考えてみれば、これまで二人がドラマや小説で描いてきたのも、そんな日常の物語だ。
「夫を捨てたいとか、粗大ゴミみたいに言う人がいるけど、そういう人は日常とか生活そのものがつらいんじゃないかな。我慢に我慢を重ねてるから、夫も捨てたいし不倫もしたい。で、いつか幸せになりたい!って。でもその“いつか”に一人きりだったらつまんなくないのかな。それに私は、いつか幸せなのは嫌なんです。今、機嫌よくやりたいことやって、いい暮らしができるほうがいい。それはお金があるとかじゃなくて、冗談を言い合う相手がいて、へこんでる時は誰かが励ましてくれて、ひとりぼっちじゃない。そういうことじゃないのかな」(年季子さん)
「『女という生きものには、過去もなく、将来もなく、ただ一つ現在があるのみ』。池波正太郎の鬼平犯科帳にそんなセリフがあったけど、女の人は本来そうなんだろうなぁ」(務さん)

代表作『すいか』にちなんだ小物が、部屋の中にいくつも。ファンから贈られたものも。

二人の間に流れる空気は、いつも“のんき”であたたかい。たくさんの苦労をしてきたはずの年季子さんはさっぱりとした顔で大笑いし、務さんは穏やかにトキちゃんを見つめる。こんな日々の繰り返しが、務さんの言う「愛を育てる」なのかもしれない。
「夫婦って結局、大事にするから大事になる、惜しくなる、そういうことじゃないですか。私はトムちゃんを大事にしてるし、大事にされてるなぁとも思う。ある日、トムちゃんがつくづく私の顔を見て、『あんたとも長い付き合いになるなぁ』って言うんです。そんな時、やっぱり手放すなんてもったいない、明日のトムちゃんも、1年後のトムちゃんも、死ぬ時のトムちゃんですら見てみたいと思うんですよね」

木皿 泉(きざら・いずみ)●脚本家。『すいか』で第22回向田邦子賞、ギャラクシー賞優秀賞、『Q10』、『しあわせのカタチ』でギャラクシー賞優秀賞を受賞。小説に『昨夜のカレー、明日のパン』。

『クロワッサン』964号より

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