さらに父子の会話はこう続く。
〝舟で魚を獲る。馬や牛を育てる。芸で人を喜ばせるのもいい。そうだ、酒を造るというのもあるな。いや、むしろこれほど人を幸せにする生業はない〟
〝いったい何の話です?〟
〝うん、あれだ。人には色々な生き方があるという話だ。何も、好きこのんで戦場などに出かける必要はあるまい。戦は恐いぞ。斬られれば痛いし、血も出る〟
そのページに、山崎さんは付箋を貼っている。
「家久は私が書く小説の主人公とは真逆の男性なんですけど、でもこの本は決して人殺しを肯定はしていない。息子に戦争に行かずに済むなら行くなって言っているし、家久のように戦場でしか輝けない人も確かにいるのかもしれないって思って、だから世界は難しいというか、考えさせられました。私もほかのことはヘタで、小説しか書けないからこれしかないと思ってがんばっているわけですから」
とにかく小説であっけなく人が死ぬのが嫌いで、ミステリー小説も必ずと言っていいほど殺人事件が起きるからほとんど読まないという山崎さん。
「何気ない日常を描いている小説のほうが好きで、そういうものばかり読んできたんですよね。一番好きなのは谷崎潤一郎で、『細雪』は戦中に執筆していますが、書いていることが日常の些細なことばかり。お見合いがどうの、お化粧がどうのっていうようなことをひたすら書いている。それで検閲にひっかかって発表できなくなったらしいんですけど、それでも決して戦争のことは書かなかった。戦争中であっても日常の取るに足りないようなことを書き続けたというのが、すごくカッコいいなって思えるんです。武将ではないけれど、私にとってのヒーローですね」