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【前編】92歳の料理家、辰巳芳子さんが伝える、いのちを育てる食べ方。

今、何を食べるべきか。どう食べていくべきか。気候や風土も変われば、政治も変わる。食とは何か、原点に立ち戻り、考えるとき。
  • 撮影・小林康浩、岩本慶三、青木和義

「今日はスープのほかに『心臓焼き』をお見せするわね。二度と教えないから、よく見てね」。そう言いながら10個もの卵を一気にかき混ぜる辰巳芳子さん。ある日のスープ教室でのことだ。

「この鍋でなければできないの」

鍋とは、クロワッサン創刊から3年後、誌面で心臓焼きの作り方をじっくり披露してくれた、その鍋でもある。

「80年以上、私たちの家族のいのちを守ってきてくれた鍋」

戦時中、母で料理家の辰巳浜子さんは、防空壕にも抱えていったという。戦地にいる夫に送るため、かつお節を醤油で炒りつけたり、配給の小麦を挽いてパン・ド・カンパーニュを焼いたり、牛肉の塊をコンビーフにもして、いのちを守った。

「『お母様の心臓焼き』と呼んだのは、一つも無駄にできない卵を10個も使うという勇気を讃えてのこと。だからといって、一度にこの形ができたわけではないのよ。最初は、袋を縫って、寄せ卵の状態にして入れ、鍋中で形づくっていた。袋を持つのは私の役目。『よっちゃん』と呼ばれると、かつお節をかくか、ごまをするか、袋を持つか(笑)。こうして、伝え、伝わっていくんです」

辰巳さん自身も、この鍋で改良したレシピは数えきれない。伝承されたものは熟成され、言語化、体系化、再構築され、今なおアップデートしている。

「伝わるとは、そういうことなの」

40分間立ち続け、心臓焼きを焼き上げた。つやつやと飴色に輝く楕円を見て、生徒たちからため息がもれた。

1980年。辰巳家伝来の「心臓焼き」を、は じめてクロワッサンの誌面で披 露してくれたのは、1980年のこ と。卵10個の大仕事だった。
2017年。「卵からにじみ出た液をかけ回し、吸わせ、またかける、の繰り返しで作ってゆく。子どもら のために母が考えたんです」
心臓焼き

卵液[卵10個、濃い一番出汁1〜1½カップ、塩小匙⅓、酒½カップ、砂糖大匙山盛り5、醤油大匙3]、オリーブ油大匙3。卵液の材料を混ぜ合わせる。厚手鍋を熱し、オリーブ油を入れ、鍋回しをする。卵液を一度に入れ、1分ほどしたら木べらで鍋底の手前から向こうへ静かに寄せる。手を休めずに底をかき混ぜ、卵が8分どおり固まってきたら、しみ出してきた液を煮詰めながら卵にかけ回す(詳細は、著書『辰巳芳子の旬を味わう』参照)。

いのちって、皆さんが考えていらっしゃる以上に、よりよく在ることを望むものなの。

「私、どうして92歳まで生きたのでしょう。死んでもおかしくなかったことが、いっぱいありました。空襲で、500キロの焼夷弾を90発落とされた、その真ん中にいて、不思議と生き残りました。地下足袋で火の海も歩きました。夜寝ていても、朝まで寝られる日はないの。と~っても困難よ。どうやって生きてきたか、わからない」

そんなイヤな時代にならないことを、辰巳さんはいつも祈っている。

「今、皆さんに何を伝えたいかというと、たった一つなんです。それは『生きていきやすく食べる』ってこと。つまりそれは、『生きていきやすい人になる』ことでもあるのね」

そのための提案が三つある。

一つは、「考え方」だ。人を、自分を、宇宙の中に位置づけること。生まれた風土とその人は切っても切れない、骨肉の関係にあるということを忘れないでほしいと辰巳さんは言う。

「そう考えると、どう食べるかは簡単なの。日本には『旬』という言葉がありますが、これ、単に季節のことと思っていない? 旬とは、10日ごとに、季節のうつろいを敏感に感じ取り、その変化に合わせるよう、細やかに配慮をして生きてきた証明のようなもの」

だから、旬を食べることで生きていきやすくなるのは自明の理。

「都会で暮らす人にとくに伝えたい。食材は、自然そのものなんです。食は自然を感じ、自分もその中に生きることを実感できる最たる手段なんです」

二つ目は、「態度」。

食べるべきものを食べる。そのためになすべきことをする。一度も手作りをしたことがないという人、おいしいという意味がわからないという人を、辰巳さんは知っている。

「人生、推して知るべし。でも、理解はできるんです。私も、食事を作り、食べ、片づける時間が苦しいと感じる時代が長かった。それより本を読む時間が欲しい。学問をしていたかった。ですから、自分で自分を納得させ、料理を展開することで合理性を図らねば、日々台所に立つことはできませんでした。人はなぜ食べねばならないのか?長い間、私の命題だったんです」

それがわかったのは、70歳のときだ。食べたものは瞬時に分子レベルで細胞と入れ替わると教えてくれたのは、シェーンハイマーという学者だった。

「生物学者の福岡伸一さんの本を読んでそのことを知ったとき、私は小躍りしました。ようやく食べるべき理由が見つかった! 食べることは、ガソリンを入れるのとは違う、細胞の刷新そのもの。刷新=動的平衡を生きることが、人間そのものであると知ったことは私を自由にしてくれました」

今、環境は大きく変わり、日本の夏は亜熱帯となり、集中豪雨の被害も目につく。社会環境も然り。日本の労働時間は世界で最も長い。一方、睡眠時間は最短。karoshi(過労死)という日本語が、海外の辞書に載るほどだ。体に影響が出ないわけがない。

「出来合いの食でいのちは保てません。食べる練習のない人は、生き抜けないでしょう。この人、モランディというイタリアの画家、彼の作品を見てほしいの。同じ構図の絵を何枚も何枚も連作していますね。でも、どの絵も気持ちがダレることがない、一貫して芸術性が宿っている。絵を見た瞬間、わかり合えた!と思った。なぜなら、私もそうやって野菜を刻んできたからなんです。やらねばならぬことは厳然とやる、そういうことが人には必要なんです。どうぞ覚悟をなさって(笑)」

画集をひざに、「モランディに励まされ生きてきました」。

食材は、貴重な資源でもある。 すべてを食す手段をもつ。

三つ目は、「食べ方」だ。

今まで食べられたものが食べられない時代になっている。辰巳さんは、何年も前から、警鐘を鳴らしている。

「カタクチイワシが捕れなくなっています。捕れないということは、どういうことかわかりますか。大きな魚もいなくなっているということです。捕りすぎないよう、そして捕ったものは最大限に生かして食べなければなりません。食べられる貝も減りました」

農産物は言わずもがな。安い輸入野菜でまかなう、その危うさたるや。

「食用大豆の自給率はたったの20%。ブラジルの大豆は、ほとんど中国が買っていった。じゃ、どうするか? 若い方が真剣に考えてくださらねば」

さ、どうする? 考えて、と辰巳さんは迫ってくる。

「『全体食』よ、答えは。すべてを食べる。栄養をいただくの。なぜかというと、私は体験的に知っているから。なぜこの出汁を飲むと安らぐのか。落ち着くのか。単に、栄養学では説明がつかないことがたくさんある。あらゆる食材、そして組み合わせることによる相乗効果に、まだまだ未知なる部分があるってことなんです」

だから、葱の根っこも食べる。魚の骨からも出汁をひく。肉は、すじ、骨髄、皮まで食べる。

「すべて貴重な資源だから」

葱も余すところなく食す。根はよく洗ってみじん切り。青い部分を開くと、とろとろのおねばが。それもしごいて供す。残りは薬味として刻んで食べる。

そうそう、と辰巳さん、立ち上がる。

「うれしいことがあったの。見てくださる?」。

取り出したのは、かわいらしい筆跡の手紙だ。

「健太君という、小学6年生の男の子。私の本で、キャベツの蒸らし炒めを作ったら、とてもおいしかったと言うの」

辰巳さん、頬がゆるんでいる。

「鶏のそぼろ、試したようです。ちょっと手がくたびれちゃったと(笑)」

辰巳さんのレシピでは、鶏のそぼろは、挽き肉に調味料と水を加えて、5本の箸で絶えず混ぜながら作る。だから、ふわふわでしっとり、やわらかい。

「小さな手で5本箸。たしかにくたびれる。でも、ぼそぼそのそぼろとの違いはしっかり感じたはずよ。手で覚え、目で覚え、舌で覚え、そして体がどう変化するか体感する。その積み重ね。いのちは、思っている以上に、よりよくあることを望んでいます」

料理を作るたびに届く健太君の手紙。「トマトソース も作って、自分でピザを焼きたいんですって」
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