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【後編】塗師・赤木明登さん「パンもパンのお供も、出会った友人との縁がつないで」。

奥能登に暮らす塗師の赤木明登さんと智子さん夫妻。お気に入りのパンと合わせる、とっておきのスープ。赤木家のおいしい食卓ができるまでを紹介します。

とびきりおいしいものをつくる 友だちがいるぜいたくと喜び。

吉田牧場のリコッタチー ズに、ハチミツをのせるとおいしさ倍増。

「パンに、このリコッタチーズも試してみて。ハチミツも絶対かけたほうがおいしいから」

と、智子さん。フレッシュなリコッタチーズは、岡山で放牧酪農とチーズづくりを行う吉田牧場のもの。

「ブラウンスイス種というチーズ向きの乳牛がかわいいの。耳が大きくて前髪が巻き毛で、薄茶色で。吉田全作さん夫妻と息子さん夫妻の4人でつくっていらっしゃる」(智子さん)

「すごい人気ですよね。最高においしいです。ハチミツは山口県の友だちの家で採っているもの。他にもパンに合わせるなら、芦屋のメツゲライクスダの楠田裕彦さんのつくるソーシス(ソーセージ)も最高。みんな友だちです。出会ったのは必然だったと思っています」(明登さん)

誰がどんな思いをこめてどんなふうにつくったものか、理解して尊敬しあう関係がうらやましい。その背景も知った上で食べるのだから、おいしさは格別に違いない。

あっという間にできた シンプルで味わい深いスープ。

「スープは、季節を問わずよく作ります。春にはダンナの好きなそらまめのスープ、ポタージュみたいなのは冬が多いかな。寒くなってきたら、中華風にしたり、洋風だったり、鶏肉のピリ辛スープ、豚肉と白菜のスープとか」

そう言う台所の智子さんは、魔法使いのよう。くるくると手際よく鍋に具材を入れていき、ものの20~30分でパンに合わせるスープを作ってくれた。

「かぶと塩豚のスープもよく作るレシピ。簡単でおいしいですよ。塩豚は、30分から1時間前に、豚肉の薄切りに塩をまぶして薄く敷いてラップして冷蔵庫に入れておいたもの。昆布を煮だした鍋に、塩豚を1枚ずつ入れていき、その後に、かぶと、彩りににんじんも入れて、ニンニク少々、唐辛子も加えます。そうしたら、かぶに火が通るまでコトコト」(智子さん)

確かに簡単そう。しかも、驚くほど深い味わいのあるおいしいスープができるのだから。さすが!

「味はほぼ昆布。あとは塩豚にした塩ですね。私、料理研究家の友だちからレシピ本をもらうと、これならすぐできそうというレシピを、材料が全部そろわなくても、私ならこれとこれでこれだな、とアレンジして自分のものにしてしまうの。このスープもたしかそれでした」(智子さん)

智子さんの料理中、パンを切る役目は明登さん。その作業の途中から、早くも赤ワインのボトルを開け始めた。切ったパンをつまみ食いしながら、なんということもなく気軽にコップ酒は、いつものスタイル。ただし、飲んでいるのは、なかなか手に入らないマニア垂涎のワインだ。

台所に立つ智子さん。使い込まれた道具 はどれも絵になる。
メイン具材のひとつ、地物のかぶ。「かぶの皮をむくのが好きなんです」(智子さん)
昆布だしに、塩漬け にした豚肉、かぶ、にんじん、ニンニク、 唐辛子を入れて、火が通るまでコトコト。
漆の椀は、能登鉢の6寸。

希少価値のある赤ワインも、気取らずコップで飲むのが赤木流。

「カーゼ・コリーニというイタリアのピエモンテ州にあるワイナリー。ロレンツォ・コリーノという農業博士がつくっていて、彼の理論と信念のもと、ぶどう畑は完全不耕起(土を掘り起こしたり耕したりしない)、肥料もやらない、農薬もやらない、除草もしないで、夏に実ったぶどうがそのまま完熟するのを待って仕込む完成度の高いワイン。酸化防止剤もまったく使わない。生産量が少なくて、世界中の人が探して回っている。でも、僕は日本のインポーターが友だちで手に入れることができたんです」(明登さん)

アルコールっぽさがなく、するりとのどを通っていく。それでいて、味は濃い。旨味が凝縮されている感覚で、これはぐいぐい飲めてしまう。完熟のもたらすおいしさなのだろう。赤木家の友だちの輪、おそるべし!

明登さん曰く、このワインと『月とピエロ』のパンは似ている。

「どちらも発酵しきった感じが持ち味だと思うんです。ワインも天然酵母のパンも、酵母が糖分を食べて、それをアルコールと炭酸ガスに変えますよね。酒はそのアルコール分を利用しているし、パンの場合はふくらませるのに炭酸ガスを使っている。このパンを焼くと蒸発してしまうアルコール分も、パンの中で旨味を抽出する役割を担っているわけです。カーゼ・コリーニのワインも長屋くんのパンも、〝ふりきるぐらい発酵させている〟のがポイントだと思う。ふりきるぐらい酵母が発酵して、糖分をアルコールと炭酸ガスに変えながら、同時に素材の中にある旨味成分を上手に抽出することによって、パンの小麦、ワインのぶどうの中のこのうえない旨味が僕らの舌に感じるように届けられている」(明登さん)

さらに、それは漆の仕事にもつながっているという。

「漆という素材は自然のものなので、かならずしも人にとって心地いいものだけではないのです。それをうまいこと抽出して、おいしかったり気持ちよかったり、見た目がきれいだったりするものに変えるという仕事なので。こうした自然の素材を相手にする仕事は、みんなどこか共通しているんでしょう」(明登さん)

すべて、きちんと素材と向き合うかどうか、が鍵。

「素材がそもそも持っている力をそのまま移したい。たとえばパンなら、小麦粉の可能性をそのままきちんとパンに移し変えられればおいしいパンになるんです。長屋くんのパンは、そういうふうにできているんじゃないかな」(明登さん)

いちじく、くるみ、レーズン、カ レンズなどをたっぷり混ぜ込んだパ ン・オ・フリュイ2.5円/g。
早くも飲み始める明登さん。

田舎の辺鄙な場所でも客が来る。ちゃんと伝わるんですよ。

『月とピエロ』がある場所は、長屋さんが生まれ育った田舎。おじいさんがやっていた牛小屋の納屋がたくさんあって、緑の豊かな裏山があって、穏やかに心地よく過ごせる環境だという。宣伝は一切していないので、もっぱら口コミで訪ねてくるのは、能登近辺からが半分、金沢や富山やもっと遠方からが半分。赤木家からも車で1時間ほどかかる距離だ。それでも、わざわざ行きたくなる。販売ブースの小さなテーブルに並んだ素朴な表情のパンはどれもしみじみおいしくて、カフェスペースでひとつずつ丁寧に淹れてくれるコーヒーを待つ間ものんびりした空気にほっとできる。街にある店では味わえない特別な居心地のよさは、旅先で見つけた宝物のようで、きっと誰かに伝えたくなる。

「あんな田舎のあんな辺鄙なところでも、しっかりしたおいしいものをつくれば、きちんとお客さんが来てくれるというのが、捨てたもんじゃない。ちゃんとみんなわかるわけですよ、おいしいものがなにか」(明登さん)

月とピエロのパン研究小屋

石川県鹿島郡中能登町羽坂2・93 ☎︎090・1635・5919 8時~17時 火・水曜休(不定休あり)通販はないが予約は可(2日前までに)。JR七尾線の能登二宮駅から徒歩で約20分。

『クロワッサン』943号より

●赤木明登さん 塗師。赤木智子さん エッセイスト/1988年、明登さんが輪島塗の修業に入るのを機に一家で輪島へ移住。1994年独立後、各地で個展を開く。次回は、群馬県・高崎のマトカ(☎︎027・386・2428 www.matka122.com/)にて5月13日~6月4日に『赤木智子の生活道具店』。www.nurimono.net

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※ 記事中の商品価格は、特に表記がない場合は税込価格です。ただしクロワッサン1043号以前から転載した記事に関しては、本体のみ(税抜き)の価格となります。

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