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【前編】塗師・赤木明登さん「パンもパンのお供も、出会った友人との縁がつないで」。

奥能登に暮らす、塗師の赤木明登さん。お気に入りのパン屋さんを教えてもらいました。

奥能登の山の中に、漆の工房と自宅を構える赤木明登さんと智子さん夫妻。暮らしに根差しつつ凛とした美しさのある明登さんの器の個展も、智子さんが紹介する普段使いの道具や服の展示販売会も、毎年、全国各地のギャラリーなどで開催されていて、楽しみに待つファンがたくさんいる。

「いろいろな土地で展覧会をやると、必ずおいしいもののところに連れて行ってもらえる。すごくありがたいですよ。全国のおいしいものをつくる人と友だちになれます」(明登さん)

弟子の職人さん7人分のまかないを担当する料理上手な智子さんも、おいしいものには目がない。

「私たち、食いしん坊だから。能登はいいですよ。魚も野菜もおいしい食材がいっぱい。こんな田舎暮らしで、と思うけれど、最近は輪島市内にイタリアンのシェフが移住して店を構えたりしているんです」(智子さん)

能登の若い人が帰ってきて始めたパン屋さんがお気に入りの赤木明登さん。

そんな赤木家の好きなパンの店は、中能登が地元という若い夫妻が2015年6月にオープンしたばかり。「なかなか変わったカップルだよ」と愛情こめた様子で明登さんが言うのも無理はない。七尾に近い周囲に農家しかない曲がりくねった細道の奥に突然、その店、『月とピエロのパン研究小屋』(以下、『月とピエロ』)はあらわれる。

店主の長屋圭尚(よしひさ)さんは、輪島で公務員をしていたけれど、パン職人になる夢を追うために辞職、大阪の『ル・シュクレクール』で修業を始めた。ところが、妻の由香里さんが体調を崩し、1年半で地元に帰ることに。その自宅療養のかたわら、圭尚さんは時間があれば家庭用のオーブンでパンを焼いてはお世話になった人に送っていたという。すると、だんだん注文が入るようになり、家庭用のオーブンではまかないきれない。実家の納屋を自ら改装、業務用オーブンや厨房施設を設置してパン焼き工房を構えようと決意。そのころには由香里さんの体調も良くなってきたので、小さな販売ブースとカフェスペースもつくったのだという。ありえないほどの不便な立地は、自然な成り行きで決まったのだ。

小麦本来の旨味を感じる 健やかでしっとりおいしいパン。

「紹介してくれたのは、『ル・シュクレクール』のオーナーシェフ、岩永歩さん。『うちで勉強していた若い子が能登で店を開くことになって、初日にはどうしても来たかったから』とやってきたんです。私たちも七尾に出たついでに行ってみたら、あんな納屋の入り口でお店をやってる!」(智子さん)

「どれもおいしいけれど、うちでよく買うのは、パン・コンプレとパン・オ・フリュイ。おいしいパンは、見た目に生命力があるよね」(明登さん)

人の胴体ほどもある大きなパンが、パン・コンプレ。

「このパンは水分量がポイントなんです」(明登さん)

「すごくしっとり。水分をたくさん含んで生地がもちもち! やめられない、とまらない状態になるけれど、ボリュームもあるから、一度にはそんなに食べられないの。2日目、3日目にあたためるときは、トーストするよりも蒸した感じが好き」(智子さん)

レーズン酵母を小麦全粒粉でつないだ自家製酵母を使用。なるべく生地にストレスを与えないよう健やかに大きく焼くことで水分も香りも中に閉じ込めた、小麦本来の甘味を感じるしっとりと香り豊かなパン。日ごとに変わるワインのように熟成された風味も楽しむこともできるし、大きなパンをみんなで分け合うのも楽しい。

「人が集まるときには1個まるごとを注文しておくことも。これと、よりすぐりのチーズとワインがあれば、もう大宴会ですよ」(明登さん)

右奥・山型のパンドミ1本660円は予約で売り切れるほど。左奥・ブリオッシュ・ムー スリーヌ1,000円、左手前・キッシュドフィノア各450円も人気の定番。天秤の上・ 栗のバトン各350円、右手前・タルトマロン各450円は、秋の限定品。すべて税込み。

もうひとつのパン・オ・フリュイは、ホップ酵母とレーズン酵母と小麦全粒粉から起こしたルヴァン種の自家製酵母を使用。ドライフルーツやナッツをたっぷり練り込んだ、小麦粉とライ麦粉を配合した味わい深い生地で、そのままでもごちそう。

「クリームチーズにも、ワインにもよく合います」(智子さん)

この日も、『月とピエロ』のパン・コンプレとパン・オ・フリュイの2種類をスライスして赤い銅鑼鉢にのせ、主役級の存在感が。取り分け用に添えたのは、白漆の皿。かぶと塩豚のスープをよそったのは、黒い6寸の能登鉢。これらの漆の器は、明登さんの作品。いまどきのカジュアルな食事にすんなり溶け込み、シックな食卓に仕立ててくれている。さらに、庭の畑から摘んできた野菜に柿を和えたサラダ、リコッタチーズにハチミツが、本日の献立としてテーブルに並んだ。

赤木家おすすめ『月とピエロのパン研究小屋』の店主、 長屋さん。手にしたのは巨大なパン・コンプレ。1.2円 /gで量り売り。まるごと1個はおよそ6,000円。

月とピエロのパン研究小屋●石川県鹿島郡中能登町羽坂2・93 ☎︎090・1635・5919 8時~17時 火・水曜休(不定休あり)通販はないが予約は可(2日前までに)。JR七尾線の能登二宮駅から徒歩で約20分。

納屋を改装したパン焼き工房の脇にある小さな販売ブースは妻の由香里さん担当。古道具を生かしたしつらいは圭尚さんがコツコツ仕上げた。

『クロワッサン』943号より

●赤木明登さん 塗師、赤木智子さん エッセイスト/1988年、明登さんが輪島塗の修業に入るのを機に一家で輪島へ移住。1994年独立後、各地で個展を開く。www.nurimono.net

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※ 記事中の商品価格は、特に表記がない場合は税込価格です。ただしクロワッサン1043号以前から転載した記事に関しては、本体のみ(税抜き)の価格となります。

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