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【前編】作家・小川糸さん「湯気も幸せ。自分で焼くパンは特別な日のごちそう」

「冬の日はパンをこねてスープを作ります。それで一日、身も心もほかほか」と話す、作家の小川糸さんを訪ねました。
  • 撮影・清水朝子 文・一澤ひらり

パンとスープは小川糸さんにとって、雪や雨の日の特別のごちそう。

「お天気が悪くて外に出たくないときってありますよね。そういうときには粉を出して生地をこねてパンを焼くんです。夜、ゆったりとくつろぎながらワインやシャンパンでいただくと、とても幸せな気持ちになれるんです」

小川さんが自分の手でパンを焼くようになったのは、友人でもあるギャラリーオーナーの土器典美さんの本、『初めてパンが焼けたよ! おいしいパンのレシピ』を20年ほど前に手伝ったことがきっかけ。意外と簡単に家でできるとわかって、パンを焼き始めたそう。

「寒い冬に焼きたてのパンを家で食べられる喜びは、何物にも代えがたいですよね。ほかほかのパンの湯気にも癒やされるんです」

ことに2歳になる愛犬のゆりねちゃんが小川家に来てからは、日曜日はあまり外出せず、愛犬の傍らで心穏やかにパン作りを楽しむ時間が増えた。

「パン生地はふくらんだり、ほんのり温かくなったり、生き物が成長している感じがしてとても可愛いんです。この2年ほどラトビアに取材に行っていますが、伝統的なパンの作り方を伝え残すパン博物館で『パン生地は赤ちゃんをあやすように』って言われていることを知り、深く納得しました」

ラトビアでは『テーブルは神様の手のひらで、パンは神様のごちそう』と言われているほど、パンは大切な命の糧。いつかはパン作りの修業に行きたいと小川さんは思いを馳せる。

寒くて天気が悪い日は家に居て、 スープとパンがあればじゅうぶん。

「スープは寒い冬にはもちろん、雨とか雪で買い物に行けないとき、家にあるもので間に合うのでよく作ります。パンもそういうときに焼くので、パンとスープはセットですね。この2つさえあればほかに何もなくても、満ち足りた気持ちになれるんです」

今日はライ麦パンと雑穀スープ。パンにはフランスの手づくりバターを塗れば、シンプルだけれど心豊かな食卓に。

「さあ、支度が整いました。ゆりねもパンが大好きなので、たぶん今日はうるさいと思いますよ(笑)」

「いつも適当に作っているんですよ」と言いながら、小川さんはボウルに強力粉とライ麦全粒粉を入れ、ドライイーストと塩、砂糖、それからぬるま湯を加えて混ぜ合わせ、手のひらで押しのばすようにこねていく。

イタリアの麦や豆などの雑穀を煮込んだ スープとライ麦パン。焼きたてのパンに はフランスの上質な搾乳バターを。
ラトビアのミトンをはめて焼きたての パンを運ぶ。傍らにはゆりねちゃんが。

「こねるのは15~20分で、最初はベタベタしますけど、やっていくうちにだんだんお餅のように滑らかでもっちりとした感じになってくるんです」

1次発酵に冬だと常温で3時間ほど、2次発酵にも1時間以上は寝かせる。

「パンは作り始めてから焼き上がるまで時間がかかりますが、発酵を待つ時間がけっこうあるので、その間に本を読んだり、ゆりねとくつろいだり、実際の作業はそんなに手間がかかっていないんです。ドライイーストを使うと失敗もほとんどないし、とても気軽に作れるんですよ」

理想を高くすれば天然酵母を使いたいという気持ちもあるけれど、思い立ってすぐできるものではないので、家でパンを作るときドライイーストは頼もしい味方になってくれるという。

「ではパンを焼きましょうね。焼きたてのパンに香り高いバターがあればちょっとした贅沢気分が味わえます。これはフランスのバター職人がつくる海藻入りバター、磯の風味が広がります」

そのおいしさに惚れ込み、フランス旅行でたくさん買って帰ってきたほど。

1次発酵のため鍋に入れたパン種を布 で包み、ラトビアの籠の中で寝かせる。
1次発酵で2倍にふくらんだパン種。ベ トナムのホーロー鍋に入れて寝かせた。
パンの生地は赤ちゃんをあやすように 扱う、というラトビアの言葉どおりに。
焼き上がったパンを入れた木の器は、 北欧で使われているパンをこねるもの。

『クロワッサン』943号より

●小川糸さん 作家/小説『食堂かたつむり』でイタリアのバンカレッラ賞、フランスのウジェニー・ブラジエ小説賞を受賞。著書に『ツバキ文具店』(幻冬舎)など多数。

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