景山さんの家では、おばあちゃんがゆずの皮をおろし金でせっせと削っていた。
「表面の黄色いところが削れたら半分に切って、中身を抜いて皮を砂糖で炊くんです。ゆずが山にたくさん実るから、毎日ゆずと格闘ですよ。私は百個ぐらい作ります。お茶口にするといいんですよ。お茶を入れましょうね」
景山さんの家では、おばあちゃんがゆずの皮をおろし金でせっせと削っていた。
「表面の黄色いところが削れたら半分に切って、中身を抜いて皮を砂糖で炊くんです。ゆずが山にたくさん実るから、毎日ゆずと格闘ですよ。私は百個ぐらい作ります。お茶口にするといいんですよ。お茶を入れましょうね」
お茶請けのことをお茶口というらしい。谷のあちらこちらに山茶が自生していて、どの家でもその葉を炒ってやかんで煮出して飲む。ポットに入れておく家も多いようだ。山茶もお茶口もやさしい味わいで、ほっこりする。
「ゆずの皮の炊いたのは30年ぐらい前から作ってます。これと味醂をミキサーにかけて、味噌と混ぜるとゆず味噌になります。松江でゆずの皮をゆべしにしている人もいます。ジャムにしておく人とか……ガラ(削った黄色いところ)は白菜の漬物に入れるから無駄にするところがありません。全部使えます。中身はしぼるとお酢がとれます」
驚くべきは昔からの知恵をそのまま踏襲しているわけじゃなく、60歳前後で新メニュー「ゆずの皮の炊いたの」を編み出していること。島根で他のおばあちゃんがどんな工夫をしているか情報網があるのもすごい!
「田舎はありがたいと思いますよ。春夏秋冬、タケノコに山菜、シソに梅、イチジク、栗……お茶口にしたり佃煮にしたり、福神漬けを作ったり。娘が働いてる道の駅に出してもらったりね。人が食べる物は猪も食べるから猪も獲れるし(笑)」
お金をかけずに自分で作った保存食を次から次へと見せてくれる。
「シソの葉、ようけ塩漬けしてますよ。ショウガは梅酢に漬けて料理にも使いますけど風邪のとき熱い湯で飲んだらすぐ治ります。ドクダミはお茶にできますし、冷蔵庫に入れたらニオイ取りになります。ニオイ取りを買わなくてもそこらに生えてる(笑)。これはね、今朝切った大根を温風ストーブの前で切干大根にしてるんです。年寄りはこういうことしますけどね、今の若い人は忙しくて忙しくてようせん……」
田舎でも若い人(といっても50代以上が大半)は忙しくて、切干大根でも漬物でも何でも自分で作らずにスーパーなどで買うのだろうか。
次の日、こんにゃくを作るというので景山さんの家をもう一度訪ねると娘さん(そう見えないけど孫がいる!)が芋からこんにゃくを作っていた。
「昔は灰であくを抜いたんですけれど、今はソーダを入れて捏ねます。豆腐でもこんにゃくでも昔は家で作って正月のごちそうにしたようです」
安江良夫さん(81歳)の家を訪ねたら、奥さんが縄をなって良夫さんが唐辛子の飾りを作っていた。
「唐辛子を33個使うんですよ。私らは若いころから縄をなってきたから、こういうものを作るのに慣れてますけどね。若い者は縄をなう経験をしてないから、難しいでしょうね」(良夫さん)
唐辛子も縄も自分たちで作っているもの。ひと手間かけて付加価値をつけ、商品として卸している。ものを無駄にしない知恵は、節約だけでなく、収入につなげることもできるという好例だ。
若い世代はグループを作って地元の産品を商品化する工夫をしている。それぞれ本業があるので、土曜や日曜などに時間を決めて集まって作業する。廃校になった谷小学校を改装した、
「谷笑楽校(しょうがっこう)」が活動の拠点だ。
景山のおばあちゃんのところで見たような、「ゆずのシロップ煮」を作っているチームは他にも「ゆずのジュレ」や「ゆずのポン酢・ドレッシング」などを作って販売している。これらもやはり、ゆずを無駄なく使う知恵。
谷で採れたもの、谷に生えているものだけで七味唐辛子を作る試みをしているチームが、「谷笑学校」の別の部屋で同じ日に集まっていた。
「ひとつの町だけで全部の材料を作っている七味唐辛子って、調べてみると今のところないんですよ。唐辛子だけ地元産というのはあっても他を仕入れてたり。谷には七味の材料になる産物が多いから、100%谷の七味を作ったら価値があるんじゃないかと」
東日本大震災をきっかけに、勉強して宮司の資格をとり、東京から谷八幡宮に戻ってきた三東さんの目には、山が宝の山に見えてきた。この価値は都会の人にも伝わるのではないか。
「都会から戻った者だから見える谷のよさもあると思うんですよ」
「7人のメンバーで1年かけて収穫した七味唐辛子の材料を集めてチェックしてるんです。残念ながら今日は全員いませんけど(笑)」(篠原町子さん)
生唐辛子、炒り唐辛子、えごま、山椒、ゆず、ローリエ、ごま。添加物を使わずに、谷の産物だけで作った七味唐辛子を商品化する。谷八幡宮の宮司の家に生まれ、東京で育って谷に「孫まごターン」(父が離れた故郷に孫だけが戻ること)した三東敬志さんのアイデアだ。
『クロワッサン』942号より
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