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【後編】佐藤愛子さんが現代の夫婦を一刀両断!「捨てたいのは夫? 贅沢な悩みですね」

作家・佐藤愛子さんがこたえる、読者からの夫婦にまつわる悩み相談。インタビュー後編です。
  • 撮影・岩本慶三

「昔の悩み相談には情念がありましたよ。今は物質的なことばかりで、愛とか情といった言葉が悩みに出てこない。世の中が変わったのね。ACOさんもそうだし、いおりさんもね。夫が孕ませた浮気相手の子どもがどうなるか。そこを決着つけてから離婚を検討する順序だと思いますけど、どうも関心なくて自分のことで悩んでいるでしょう。蝶々さんは端から自分の都合だけ(笑)。夫がどう思っているか考えたり、自分は夫に対してどうだったか苦悩する人がいないのは、今の社会の特徴かもしれませんね。物質的なことばかり。人間が変質してきていますよ。何でも合理的な社会になると、感情まで合理化するんですかね」

ーーかつて愛した男を慮おもんぱかって一掬(いっきく)の涙を注ぐような悩みは皆無ですね。

「私なんかは夫が浮気をした挙句どこか女のところへ行ったとき、無理もないと思いましたもんね(笑)」

ーー無理もない?

「物書きの夫が事業に手を出して倒産したわけですよ。それで夫が『偽装離婚しないと愛子にも借金がかかってくるから、偽装離婚しろ』と言うんですね。倒産の後始末がついたら籍を戻せばいいと言うので、信じて籍を抜いたら他の女と籍を入れたんですよ」

「愚痴ってる暇があるなら行動しなさいよ」

ーー『晩鐘』の題材になった出来事ですね。女性の籍はすぐ入ったんですか?

「いつ入れたか私にはわかりませんよ。何かね、『篠原よしこ様』という宛名のハガキが区役所から何度も何度も届くんですよ。おかしいと思ったら役所で籍が入っていて、うちの住所に倒産した夫と妻の愛子とその母と子と、よしことかいう女が一緒に住んでることになってた(笑)」

ーーご挨拶はあったんですか?

「ないですよ。うちに借金取りがくるから、倒産夫は逃げ回っていたわけです。逃げ回りながら籍を入れていた」

ーー器用ですね!

「女が籍を入れたんだと私は思いますよ。よしことかいう、その女には連れ子がいて、子どもが小学校に上がるときに父親がいないとかわいそうだと思ったんじゃないかしらね。子どものために籍が欲しかったんだと思う」

ーーわがことながら冷静にご覧になっていますね。

「あなたね、小説家っていうのはそういうものですよ。そうじゃないと小説なんて書けない。すべて客観視する目がないと書けない。物書きになってよかったと思うのは自分を客観視できることです。そりゃ私は気が強いし、文句は言うし、たまに倒産夫が家に戻ってきても私が稼がなきゃ食べていけないから、小説を書いている。書いた原稿料もみんな彼が持っていくわけだけれど、彼にしたって家に帰っても相手してもらえないから楽しくないことは確かです。そんなとき優しくチヤホヤしてくれる女がいたら、そりゃ男はそっちへ行きますよ。無理もない」

「私のように生きても幸せになれませんけどね」

ーーよしこさんとお会いになったことはありますか?

「会ったことはないけど、電話で話したことはあります。よしこさんは、私の家に夫がきてるんじゃないかと思って電話をかけてきて、『行ってるでしょうか?』って尋ねるから『いいえ、きませんよ』と答えると、思い余ったのか涙声で『私もう、やっていけません』と言うので、何だかかわいそうになってね。結局、籍を入れても元夫は次の職業がなくて、よしこさんのヒモですよ。ヒモのくせに威張ってるから、よしこさんも嫌になりますよね。しかも麻雀中毒で、麻雀に行ったら何日も帰ってこないし。麻雀で稼ぐこともあるんですよ。だけど損することもある。そういう生活が嫌になったんでしょうね。『別れなさい別れなさい。あんな男ね、一緒にいても碌なことがないから別れたほうがいいですよ』と話した」

ーーすごい状況ですね。

「私にしてみれば元夫を厄介払いできてよかったと思ってますから、私の代わりに彼女が貧乏神を引き受けてくれたので、親身になるわけです。『でも別れたら食べていけません。あの人だって、たまにお金を持って帰ってくるから』とか何とか電話の向こうで言うから、私は『おでん屋ぐらいならお金を出してあげるから、やったらどう?』と」

ーー元夫の浮気相手に同情してお金を工面してくれようとは、驚いたんじゃないですかね。

「水商売の人なのよ。銀座のね、クラブのママだったの。ミンクのコートとか、ダイヤの指輪とか一通り持っていたのを全部なくされたわけですよ。おでん屋をやるのは、どうやら嫌だったみたいですね」

佐藤さんの代表作『血脈』には、父である作家の佐藤紅緑が妻のハルと離婚して女優志望のシナを娶る情念の絡みが描かれている。紅緑とシナの次女で、紅緑の愛情を一身に受けて育つ佐藤家の末娘が愛子さんである。

男尊女卑だった日本の社会は めまぐるしく変わりました。

「あのころは極端な男尊女卑でしたから、泣こうがわめこうが男が離婚すると言えば離婚させられてしまうし、結婚も男の一存ですよ。シナの場合、けた外れな情熱家の紅緑に求められて逃げようがなかった。そう言ってましたよ。女優の道を閉ざされたことが一生の恨みになって、娘の私たちに縷々と愚痴るんですよ。ずっと聞かされてたの。『嫌だと言って逃げればいいじゃない!』と私なんか簡単に言うけど、『あんなものすごい男から逃げられるわけない』って言ってましたよ。紅緑の経済力で裕福な暮らしをした人だけども、それでも満足はしていなかった。死ぬまでそうでしたよ」

ーー佐藤さんは先日、めでたく93歳になられましたが、その間に日本の世の中はずいぶん変わりましたね。

「男が弱くなり、女が強くなりましたね。男尊女卑の観念が取り払われて平等になったでしょう。男は空威張りをする必要がなくて楽になった。その分、弱さが露呈しちゃった。女は男のために押しつぶされて、ないことにされてきた本来の能力を発揮するようになってきた。今は女のほうが強いですね」

ーーあえて比べるとしたら、今のほうがいい時代になったと思いますか?

「……(しばらく考えて)そうですね。いいか悪いか突き詰めたら、いい時代になりましたよ。もちろん、いい面も悪い面もあって本当はいいか悪いかで言えないんですけれども、女にとってはいい時代になりましたよね」

ーー離婚された後は、また結婚しようとは思わなかったんですか?

「もう、こりごりですね。それに作家として忙しかったから、物理的に結婚生活は無理でしたよ。人が寝てるときも起きて書いてるんですからね。だいたい朝の3時、4時まで仕事して、起きるのは10時、11時になるでしょう。だから一番の犠牲は子どもですよ。借金亭主のよかったのは、そういうことに対して文句を言わなかったこと。人間の自由というものを尊重する基本だけは踏まえていた人だからね。その代わり、私が稼いだ金はみんな持っていってしまう(笑)」

ーー代償が大きすぎる!

「猿回しの猿の役目を私はやっていた感じですよ(笑)。でもまあ自由だったからね、それほど不満はなかったんですよ。自分の好きなようにやれたからね。やっぱり物書きでしたから、金に対する執着さえなきゃね、そんなに悪い亭主じゃなかったんですよ」

『クロワッサン』940号より

●佐藤愛子さん 作家/大正12年、大阪生まれ。代表作に『血脈』『晩鐘』など。近著『九十歳。何がめでたい』は現在45万部のベストセラー。

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