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「夫を捨てたい」心理の裏に潜むのは、潜在的な性役割への異議申し立て。

家事や育児を担うために何かをあきらめるのはたいてい妻の側。ガマンが限界に達するその前に、問題の核心を見きわめよう。
  • 撮影・森山祐子 文・黒澤 彩

妻はなぜ夫を捨てたくなるのだろう。夫婦の間に起こっていることの多くは、社会全体の歪みを映し出していると考えることもできる。

「古い価値観に基づく職場の慣習や上司という壁、夫に刷り込まれている性役割分担意識などに起因して、妻ばかりが我慢を強いられているのです」

そう話すのは、『夫に死んでほしい妻たち』『ルポ 母子家庭』などの著書があり、女性の結婚、出産、離婚による人生の変化を数多く取材してきたジャーナリストの小林美希さんだ。“男女のすれ違い”なんていう生ぬるい言葉では片づけられない、問題の根っこを掘り起こしてみよう。

まずは、働く妻に立ちはだかる社会の壁。男女雇用機会均等法が施行されてから30年が経ち、女性が結婚・出産後も働くことはごく普通になった。総務省などの統計を見ても、1997年以降は共働き世帯が専業主婦世帯よりも多くなっている。それにもかかわらず、上のグラフにあるように、妊娠前には働いていた女性のうち、出産を機に退職する割合は5割近くにのぼる。かつて6〜7割だったものが5割まで減ったというだけで、実のところ、状況は30年前とさほど変わっていないとも言える。

「産休を取得した女性の4人に1人が、妊娠・出産による解雇、左遷、正社員からパートへの変更など、何らかのマタニティハラスメントを経験しています。どんなに仕事の能力が高くても女性であるということで不利益を被り、一方の夫は男性というだけで特に何の障害もなくキャリアアップできる。育休を取得してその後も働き続けることができたとしても、女性だけがキャリアを断絶させられるのが現実です」

そもそも男女の賃金格差がなかなか縮まらない日本。夫のほうが高収入である場合、それまで築いてきたキャリアや目指してきたものなど、何かをあきらめるのはどうしても妻の側ということにならざるを得ない。

「自分が追いつめられる前に 気持ちをしっかり伝えて」と小林美希さん。

そうした社会の構造や雰囲気が、夫の性役割分担の意識を助長してしまうことにも繋がる。「性役割分担意識」とは、いわゆる昔ながらの、女性は家庭に入って家事・育児をし、男性は外で仕事をするというもの。

「今どきの男性は、そんな古い考えじゃないでしょう? と思うかもしれませんが、自分の実家や職場環境、上司の方針などが影響して、いつのまにかそういうマインドが染み付いてしまうことがあります」

たとえば、イクメンを目指す夫が「子どもが熱を出したので会社を休みたい」と言っても、50代くらいの上司が「男のくせに、子どもを理由に欠勤するとはなにごとだ」と眉をひそめることも。かつて女性だけに向けられていた心ない言葉が今では男性にも向けられるようになり、一見、家庭とは無関係な職場での世代間ギャップが、夫婦関係に影を落とすおそれもある。

とはいえ、こんなはずじゃなかった……と失望する要因は、やはり夫自身にあるケースも多い。

「いつまでも妻に自分の母親のような役割を求めてしまう男性は、性役割分担意識が強いといえますね。なにごとも自分優先の人だと、さらに離婚リスクは高まります」

 自分優先タイプの夫は、結婚しても趣味にかけるお金や時間を減らさない。ゴミ捨てなど自分がやりやすい家事だけをやり、本当に手を借りたいことには力になってくれなかったりする。とくに、夫婦だけのうちはまだいいが、子どもという新たな存在が加わったとき、相手の本質が露になりやすいキャリアの断絶、育児の負担などで妻の不満が溜まりやすい下地ができているところにもってきて、夫のなにげない言葉や態度が引き金となり、離婚を考え始める人も少なくない。性役割分担意識が垣間見えるひと言は危険なサイン。本当に夫を捨てたくなる前に、打つ手を考えてみたい。夫が育児全般に非協力的だとしたら、子どもへの接し方を一から教える必要があるのかも。

「女性は体の変化によって母親になるのに対し、男性は体感がないまま、ある日、突然父親になる。子どものことをわからなさすぎて、育児から遠ざかってしまう人もいるのでは」

母親なら当たり前に理解できる子どもの無邪気な行動も、父親には未知の世界。まずは育児の情報をきちんと共有することが大切だ。

「自治体が開催している父親講座などに夫婦で参加してみるのも一案。妻ではなく第三者から指摘されることで、夫も納得しやすいかもしれません」

あるいは、話をよく聞くと夫が悪いのではなく、先に挙げたように夫の職場環境や上司が元凶だと判明することも。そんなときは、本当にその会社にずっと勤めたいのかなど、夫の気持ちを確かめたうえで打開策を話し合おう。

『クロワッサン』938号より

●小林美希さん ジャーナリスト/経済誌の記者を経てフリーに。女性が直面する問題等について取材・執筆する。最新刊『ルポ 看護の質』(岩波新書)など著書多数。

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