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【後編】かわいい・愛おしい、 ロマネスク美術への招待。

900年近く前の彫刻の生き生きした姿、ユーモラスな表情に思わず微笑んでしまう。西洋中世美術を専門とし、おもにロマネスク美術を研究している金沢百枝さんにその魅力を聞いた。
  • 撮影・菅野康晴(工芸青花)、森山祐子( 金沢さん) 

「ゴシックやルネサンス期の美術にくらべてマイナーなロマネスク美術ですが、その魅力をひとりでも多くの人に広めたいのです」と語る金沢さん。

金沢さんがロマネスク聖堂を訪ねる旅を始めたのは2000年のこと。留学中のロンドンの書店で手にとった『イングランドの最も美しい千の教会』という本を見て、イングランド北部のヘレフォードシャーにあるキルペックの聖堂を訪れたのだ。

そこで、金沢さんが親しみをこめて「うさわん」と呼び、現在は自身のツイッターのプロフィール写真にするほどお気に入りのひとつの彫刻に出合った。

ロマネスク聖堂は田園風景にしっくり溶け込んでいる。上写真、ロメーナの外観。

「すっぽり包み込んでくれる、そんな安らぎを感じます」

ロマネスク建築の魅力について金沢さんは言う。

「ロマネスクの聖堂はまわりの風景と切り離せません。地元の石で造られるからです。ロマネスクのあとのゴシック建築は巨大で尖った塔など垂直性が高く、聳え立つという表現がぴったりですが、ロマネスクは大地に根ざした安定感を感じさせます。ゴシックの大聖堂の前に立つとその巨大さから自分がとても小さく思えるのですが、ロマネスク聖堂の中に入ると安らぎます。サイズが人間をすっぽり包み込むのにぴったりで、優しい。初めて訪れた場所であっても、『ただいま』と言ってしまうような安心感があるのです」

最初にロマネスク美術を見たい、と思ったらどこに行ったらいいのか? 初心者向けの場所を聞いた。

「そうですね、初めて行くなら観光で訪れる大きな都市やその近くがいいですね。ミラノのサンタン・ブロージョ聖堂などはどうでしょう。ロマネスク建築のレプリカを展示するパリのシテ建築遺産博物館もおすすめです」

ローマ風のアーチ型の柱が連なる回廊。柱頭の彫 刻も見どころ。スペインのカスティーリャ・レオン 地方サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院。

11世紀から12世紀にかけてヨーロッパではロマネスク建築が多く建設された。ロマネスク建築とは、ローマ時代の建築様式を取り入れた建築物のことで、その特徴は塔や半円形のアーチなど。これらのロマネスク建築に施された彫刻、絵画、意匠その他の装飾美術をロマネスク美術という。

ロマネスク美術が注目されるようになったのは1930年代のこと。1934年にバルセロナに開館したカタルーニャ美術館で、ピカソがロマネスク壁画に衝撃を受けて絶賛したのと前後して、アーティストや学術関係者にロマネスク美術に関心を寄せる者が出てきた。また、’60年代には20世紀モダニズムの視点からロマネスク美術の評価が高まっていった。

このように、現代に通じる斬新でモダンな魅力を備えたロマネスク美術について、ぜひ自分の目で確かめたくなってしまう。

フランス・サント地方マレスティの聖堂の持ち送りで異彩を放っているネコ。

「見るべきポイントは、当然のことながら人の目につくところに集まっています。扉のまわり、柱、内部であれば床や天井に施された意匠や絵画などです」

とくに柱の上部にある「柱頭」には多くの彫刻が施されている。

「ロマネスク建築はゴシック建築にくらべて比較的小ぶりなので、顔を上げれば柱頭部分を身近に見ることができます。聖堂の内部全体を見ると荘厳な雰囲気なのに、柱頭にかわいくてユーモラスな動物や怪物、ちょっと無気味で不思議な意匠を見つけるとうれしくなります」

イタリア・プーリア地方オトラント大聖堂 の床モザイク。靴を履いたネコとゾウ。

それからもうひとつ、建物外部にある「持ち送り」に注目したい。持ち送りとは、教会などの建物の軒下に点在する、屋根を支える建築部材のこと。ここも重要な、「かわいいもの」発見エリアなのでぜひ覚えていたい。

「私のお気に入りナンバーワンは、キルペックの聖堂の持ち送りで発見した『うさわん』であることはお話ししましたが、そろそろそれに代わるものが現れないかな、と思っていたところに見つけたのがフランス・サント地方マレスティの持ち送りのネコです。独特な表情と足つきが気に入っています」

ネコの意匠はロマネスク美術のなかでもたびたび見られるもの。ほかに金沢さんのおすすめは、イタリア・オトラント大聖堂の床モザイク画に登場する靴を履いたネコがある。

フランス・サント地方オルネー。 サン・ピエール聖堂の南扉口。想 像上の怪物や動物、人物などが半 円帯状にずらりと並ぶ圧巻の扉口。

そしてもうひとつ、ロマネスク建築の扉口(扉のまわり)は絶対に見逃せない。

ロマネスク美術の名品、フランス・サント地方オルネーのサン・ピエール聖堂南扉口だ。扉の両脇に立つ6本の柱の上部をぐるりと半円帯状に形取り、ケンタウロスやさまざまな動物、人物などの彫刻が放射状に並べられている。

竪琴のような楽器を奏でるロバの彫刻もこの扉口の一部。このように彫刻細部を見ると思わぬ意匠があって楽しく、遠目に見るとまるで繊細なレースのような印象である。

「ほかに扉口が素晴らしいのは、スペイン・アラゴン地方のウンカスティーリョの聖堂ですね。それまであまりアラゴン地方のロマネスク建築を訪れたことがなかったのですが、『すごい! 深い!』となりました」。まだまだ、訪れたい聖堂が山ほどあるという金沢さん。これからもロマネスク美術の魅力を私たちに紹介してほしい。

『クロワッサン』935号より

●金沢百枝さん 美術史家/東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。現在、東海大学文学部ヨーロッパ文明学科教授。著書に『ロマネスク美術革命』(新潮選書)。

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