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60代後半で見つけた、こぐれひでこさんの豊かな海辺暮らし。

人生の半ばを過ぎて見つけた、理想の住まいとは。初の海辺暮らしに踏み切った、イラストレーター・こぐれひでこさんの気持ちのいい家へ。
  • 撮影・雨宮秀也 文・嶌 陽子
南に面したサンルームは全面ガラス張り。相模湾に浮かぶ船や、沈む夕陽を眺めるのが、夫妻の楽しみ。

玄関を開けると、明るいサンルームの窓から、相模湾が広々と見渡せる。小暮徹さん・こぐれひでこさん夫妻に、神奈川県横須賀市・秋谷への移住を決心させたのは、この光景だった。

「ずっと暮らしてきた東京を離れるなんて、全然考えていなかった。この家がなかったら、秋谷には住んでいなかったでしょうね」

そう語るひでこさん。2年前、東京の家を売って移り住んだのは、海を見下ろす高台の傾斜地に立つ、2階建ての一軒家だ。1階は徹さんの作業場のみで、LDK、寝室、バスルームなどの居住スペースは2階に揃っている。すべての部屋が緩やかにつながっていて、動きやすそうな空間だ。何より、窓から差し込む光が気持ちいい。元は、すっきりとしたホテルライクな空間だったというが、キッチンのオープン棚や、リビングの本棚を新たに取り付けたほか、前の家でも愛用していたアンティークの家具や小物などを運び込み、こぐれさん夫妻らしい、にぎやかで温かな空間を作り上げた。

「入りきらないものは、人に譲ったりしたけれど、どれもこつこつ集めてきたものだもの。処分しようとは全く思いませんでした」

観は瓦屋根の日本家屋風。内見の際、中はすでに現在のようにリフォームされていた。

1979年から、目黒区青葉台に暮らしてきたこぐれさん夫妻。途中で建て替えた仕事場兼自宅は、明るくて気持ちの良い3階建ての一軒家だった。

ところが、60代半ばを過ぎ、「今後、お互いに仕事を縮小していくうえで、この大きな家を維持するのは負担になるのでは」と考えるように。少しずつ、都内でマンションを探し始めた。

「でも、いいと思う物件には、なかなか出合えなくて。どれも、私たちにとって大事な『開放感』がなかったの」

そんな時、たまたまインターネットで見つけた中古の家。近所に友人が住んでいた縁もあって、内見に行ったところ、海を見下ろす眺望と、開放感たっぷりの空間にひと目惚れ。なんと、その日のうちに購入を決めた。

キッチンには、オープン棚や吊り下げ収納を設置。壁面にはひでこさん作の紙製ボトルも飾って、楽しい雰囲気に。

「内見の後、近くのお店でランチを食べながら、『よし、買おう!』って。私たち、昔からあまり後先を考えないんですよ(笑)」

なんとも軽やかな決断。しかし、いざ引っ越しが現実となると、そうはいかなかった。東京の家を引き払って、この家に移ってきた当初は、気分がふさぎ込みがちだったという。

「35年間暮らした土地や、初めて自分たちで建てた、愛着のある家を離れるのが寂しくて。それに、坂道が多くてまわりにお店もない、これまでと全く違う環境でやっていけるか、自信もなかった。60代後半という年齢のせいもあったんでしょうね。とにかく、覚悟が決まらない感じでした」

最初の1年ほど、「いじいじしていた」という、ひでこさんの気持ちを変えたのは、三浦半島の恵まれた食材の数々だった。

リビングから見たサンルーム。窓の向こ うに海が見える。左側に並んでいるのは、 パリで見つけた古い映画館の椅子。

「『こんな面白い野菜があるんだ』っていうような発見も多くて。珍しい西洋野菜を作っている農場もあったりしてね。今では、週に1度、車で3時間かけて、7カ所をまわって買い物をするのが習慣なんです」

野菜も育てている養鶏場、西洋野菜が豊富な個人経営の農場、農協の直売所、おいしいパン屋、漁港にある鮮魚店、絶品の釜揚げしらすの直売所……。ひでこさんは、生き生きとそれぞれの店について話してくれた。

「東京では、お店の人に魚をおろしてもらっていたけれど、今は自分たちでやります。主に夫の仕事ですけど(笑)。この間も、佐島のタコを生きたまま買ってきて、さばいたりしてね。そういうのも面白くなってきて。それからですね。『ここ、いい』って、吹っ切れるようになったのは」

迷いや不安を払拭する突破口となったのが「食材」というのが、いかにも食べるのが好きで料理上手な、ひでこさんらしいエピソードだ。

『クロワッサン』937号より

●小暮 徹さん 写真家/1946年生まれ。’72年渡仏。’76年帰国後、数々の雑誌や広告で活躍。TVCF作品も数多く手がけている。

●こぐれひでこさん イラストレーター/1947年生まれ。服飾デザイナーを経てイラストレーターに。食や暮らしに関するイラスト、文章を中心に活躍中。

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