おいしい料理が生まれる場所へ見習いたい、料理上手の台所vol.2 | ニュース | クロワッサン オンライン
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おいしい料理が生まれる場所へ
見習いたい、料理上手の台所vol.2

ジョエル・ロブションなど名シェフの賛辞を受ける食の歳時記『japanese farm food』の著書、ナンシー八須さん。埼玉の農家に嫁いだナンシーさんの自宅のキッチンには、こだわりのキッチンツールがずらり。自家製の醤油作りのお話も伺いました。

 

日本の昔ながらの道具を守っていきたい

床にはメキシコのタイルを敷き、収納は骨董市で見つけた水屋箪笥を組み合わせて使っている。

床にはメキシコのタイルを敷き、収納は骨董市で見つけた水屋箪笥を組み合わせて使っている。

世界を魅了したナンシーさんの料理はどんな場所で生まれるのか? 台所の様子をじっくり見させてもらいました。

ダイニングキッチンは、元は農家の土間だったスペースをリフォーム。玄関を入ってすぐ右手にあり、壁際のコーナーを広々と使ったL字型のキッチンには、6つの五徳が上に並ぶアメリカ製の大きなオーブン、やはりアメリカ製の観音開きの大きな冷蔵庫、それに水回りを配置しています。

「日本のものとアメリカのものがまざっていますが、そのほうが私は落ち着くんです」

台所の中心には、前述の大きな作業台がある。翡翠色の天然石、マラカイトを夫の理明さんが手ずから切り出して作った、どっしりとした天板が美しい。小さなシンクが設えてあって、ナンシーさんはさっと野菜を洗うときなどは、こちらのシンクを使う。

畳1畳分はゆうにありそうな広々とした天板の片側には、所狭しと並ぶ無国籍な風情のワインやリキュールのボトル。その間には日本の古い塩壺や大鉢。それでもまだまだたっぷりある残りのスペースが、ナンシーさんの調理スペースだ。まな板を出して、野菜を切る。和え物を作る、浅漬けを仕込んで重しをしておく。広々とした作業台がまるでキャンバスのように色とりどりのおいしいものたちで埋まっていく様はとても楽しげです。
キッチンのアイランドは小さなシンク付き。広々としたスペースがあるので、調味料などもたくさん置ける。

キッチンのアイランドは小さなシンク付き。広々としたスペースがあるので、調味料などもたくさん置ける。


収納はほとんどが水屋箪笥。

「骨董市で買ったり、地元の方から譲ってもらったりしながら揃えました。ほとんどが埃まみれだったりするので、きれいに拭いて、ワックスをかけてから使います」

その箪笥を開けば、すり鉢に片口におろし金といった日本の伝統的な調理道具とともに、ル・クルーゼやストウブといった、ヨーロッパの鍋が並んでいる。どれもよく使い込まれ、繰り返しおいしい料理が作られてきたであろう年月の重なりを感じさせる輝きを放っています。

瞠目するのは、高い梁から吊るされた巨大サイズの鍋釜たちである。さすが農家の台所といった貫禄だ。反対に、軽やかなものはあまりない。大地に根付く切り株のような、しっかりとした質感と重みのあるものがナンシーさんの好みです。

作業台の下の水屋箪笥には、上段によく使う皿など、下段にル・クルーゼの鍋など重いものを仕舞っている。

作業台の下の水屋箪笥には、上段によく使う皿など、下段にル・クルーゼの鍋など重いものを仕舞っている。

来年はタダアキの大豆で
味噌をつくれるかと思います

「ホームセンターで売っている鍋は2、3年もするとダメになってしまいます。ウチにある鉄鍋は、重いし、大きいですが、一生使うことができます。私は日本の昔ながらの道具を守っていきたいと思っています」

ボウルには古い陶器の片口を使う。

「陶器の片口はプラスチックやステンレスのボウルと違って、割れることもあります。でも、料理をしているときに土の陶器を使うと、とても気持ちがいいんです」

直径25センチのすり鉢とすりこぎもナンシーさんのお気に入りの道具だ。胡麻和えや白和えといった和食はもちろんだが、ジャガイモのピュレなど西洋の惣菜もこのすり鉢で作るという。手挽きのフードプロセッサーといった感覚はナンシーさんならではだろう。

さらにナンシーさんは多くの基本調味料を手作りしている。

味噌は裏庭の井戸のそばで大きな木樽で完成の時を待っている。醤油を最初に仕込んだのは2012年のこと。以来、毎年つくり続けている。

仕込み中の醤油のもろみ。近隣の仲間とみんなで一緒につくっている。

仕込み中の醤油のもろみ。近隣の仲間とみんなで一緒につくっている。


揃いのお気に入りのワイナリーのボトルに詰め、白いインクペンでそれぞれ醸造年を記した。そして、料理や気分に合わせて使い分けて、年ごとの味わいの差を楽しんでいる。

「3年前に仕込んだものと、今年のものではぜんぜん味わいが違うんです。ゆっくりと熟成が進むのを楽しみに、大切に味わっているんです」

貴重な手作りの醤油を私たちずつ味見させてもらったが、市販の醤油とはまるで異なる味わいに驚愕した。

自家製の醤油はお気に入りのワイナリーのボトルに詰 めて、白いインクペンで醸造した年を入れている。

自家製の醤油はお気に入りのワイナリーのボトルに詰
めて、白いインクペンで醸造した年を入れている。


自家製の味噌というのは割によく聞くが、醤油まで仕込むというのはあまり聞かない。絞りの工程もあるし、手間のかかり具合がまるで違うだろう。

「でも私たちは地域のみんなで一緒につくっているんです。材料も友人が育てた有機の大豆と小麦を使っています。みんなでつくるというのがとても大切」だとナンシーさんは語る。

「とはいえ、市販の醤油ももちろん使うんですよ。肉の下味を付けるときなどはやっぱり専門の蔵でつくられた醤油のほうが向いているので。料理によって使い分けているんです」

芯は一本ぴしりと通っているが、同時に柔軟。ナンシーさんという料理の達人のもう一つの持ち味だ。

この日、収穫したサラダほうれん草を前に、自然農法家の須賀さんと野菜談議をする。

この日、収穫したサラダほうれん草を前に、自然農法家の須賀さんと野菜談議をする。


料理を盛るうつわの多くは理明さんの作ったものだ。今は、長男のクリストファーさんも陶芸をしているそうで、彼のうつわもあった。愛する家族や大切な友人たち。そうした人々の生身の手が生み出したものがナンシーさんの台所には溢れている。

こうして、いくつもの手作りが織り重なり、心の奥底まで満たすようなおいしいものに出合えるのだ。

大豆畑は、全部で250アール。清々しいエネルギーに満ちた場所だ。

大豆畑は、全部で250アール。清々しいエネルギーに満ちた場所だ。

理明さんが丹誠込めてつくった大豆の初収穫の日、ナンシーさんも畑を訪れた。

理明さんが丹誠込めてつくった大豆の初収穫の日、ナンシーさんも畑を訪れた。

11月上旬、有機農法でつくった、ふっくらとした粒ぞろいの大豆を収穫。

11月上旬、有機農法でつくった、ふっくらとした粒ぞろいの大豆を収穫。


 

◎ナンシー・八須さん/米国・カリフォルニア州出身。スタンフォード大学卒業後に来日し、農家の八須理明さんと結婚。キンダーガーデン「サニーサイドアップ!」主宰。近著に『スタンフォードの花嫁、日本の農家のこころに学ぶ』(日本文芸社)、洋書『preserving the japanese way』

『クロワッサン』915号(2015年12月25日号)より

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