くらし

自由で素朴な色と、ユニークなかたち。味わい深き、柚木沙弥郎の世界。

日本の染色家の第一人者として、70年以上作品をつくり続けている柚木沙弥郎さん。人を惹きつける魅力と、今も開花する才能を感じに。
  • 撮影・木寺紀雄 構成と文・盆子原明美

「自分がおもしろいと思うものを、 自分を信じてつくるだけ。」

今秋の展覧会に向けて、作品を制作中。10月には99歳に。今も現役で仕事を続けている。

日本の伝統的な模様染めの「型染(かたぞめ)」は、染色家・柚木沙弥郎さんの原点。「型染」とは模様を渋紙(しぶがみ)などに描いて型を彫り、染めない部分に防染糊を置いてから染色する技法。シンプルな単体のモチーフや、連続したパターンの模様などをデザインし、作品を70年以上もつくり続けてきた。

型染の着物や、帯、のれん、屏風。使う人が自由に、服やカーテン、タペストリーなどにアレンジできる広巾布を数多く手がけた。

「自分で洋服を縫う人が少なくなったでしょ。だから型染の広巾布の需要も減った。そのころから、自分の作品としてつくることが多くなりましたね」

意図的に自分が選んで制作してきたというよりも、「時代の流れだね。自然にそうなった」と柚木さん。

〈のれん富士〉 1980年 坂本善三美術館所蔵。富士のモチーフ。赤、緑、青、白のコントラストが鮮やか。 写真提供・坂本善三美術館

自由でユニークなモチーフと、混色せずに表現する鮮やかな色彩、そして大胆な構図が特徴の作品世界。国内にとどまらず、海外でも人気が高く老若男女に愛される。

1946年から2021年の現在まで毎年、国展に出品。全国各地で個展を多数開催した。1958年のブリュッセル万国博覧会では型染壁紙が銅賞を受賞。

パリのギャラリーで作品展を重ね、2014年には『フランス国立ギメ東洋美術館』で展覧会を開催。「自分がおもしろいと思うものを、自分を信じてつくる。大変だけれど、そういうのが楽しいね」

〈はさみ〉 2014年。日常の中でふと目にしたものから生まれる模様の楽しさ。パッと目を引く赤と、大きなはさみの模様が印象的。

はさみや信号、バスを待つ列に並ぶ人たち……。身近なものを図案化したかたちは、時に女性たちに「かわいい」という印象をあたえる。深い藍色や「柚木レッド」とよばれる鮮やかな赤の色使いからは、湧き出るエネルギーを感じる。

「赤い染料の中でもぼくが信用している赤い色があってね。それを使って、隣に緑と黄色を置く。そういう色が合うんですよ。模様はね、生活している中でふと気になったかたちや影をずっと考えていると、ある時、それがパッと模様に変わるんだ」

倉敷で「民藝」に出合い、 染色家をめざして東京へ。

柚木さんは、1922年に洋画家・柚木久太(ひさた)の次男として、東京の田端で生まれた。久太のアトリエでもあった生家には浮世絵や絵画があり、幼いころからアートが身近にある環境で育ち、絵を描くのが好きな少年だった。

戦後、24歳で岡山県倉敷市の大原美術館に就職。そこで柳宗悦が提唱する「民藝」に出合い、工芸作家・芹沢銈介の型染のカレンダーに魅せられたのが染色家を志すきっかけとなった。

「おもしろいもんだなあ、これはどうやってつくったものなのかなと思いましたよ。文字でもない絵でもない、模様というものを初めて見ましたから」

東京へ行き、柳宗悦の紹介で芹沢銈介の家を訪ねることに。

左から、〈青すじ〉〈つながるまる〉〈まゆ玉〉。『布と暮らす』展の展示風景(2014年、イデーショップ 日本橋店)。

「なにもわからず、とにかく先生のところで勉強したいと伝えると、まずは職人の元で勉強するようにと言われました。静岡県の由比にある『正雪紺屋(しょうせつこうや )』という染物屋さんを紹介してくださって。そこで1年ほどお世話になり、修業したんです」

『正雪紺屋』の家族が働くなかで、染めの基本を学んだ。見よう見まねで型を彫り、型紙をつくった。当時つくった型染絵は今も大切に持っている。

〈まゆ玉のうた〉 2013年 岩手県立美術館所蔵。写真は『柚木沙弥郎 いのちの旗じるし』展(20 13年、世田谷美術館)。

「本当に自由になったのは80歳になってから。これから先はもっと自由にね。」

東京都内の住宅街にたたずむモダンな一軒家。1950年から暮らす自宅の3階に柚木さんのアトリエがある。柔らかな光がカーテン越しに差し込む居心地のいい空間。この場所で多くの作品が生み出されてきた。

吹き抜けの天井を見上げると、おもちゃの飛行機が浮かび、梁の上に木製の動物が並んでいる。人形、民藝品、おもちゃが大きな棚にぎっしりと、壁には絵画やポスターが。柚木さんがひとつひとつ自分で見つけ、時間をかけて集めてきたもの。

世界中で集めてきた民藝品やおもちゃが棚いっぱいに並んでいる。眺めているだけで楽しい気分に。

「東京で買ったものもあるけれど、ヨーロッパやアメリカ、インド、メキシコを旅した時、偶然見つけて買ったものもたくさんあります」

日常を離れた旅先では目に映るものすべてが新鮮に感じるし、めずらしい宝物に出合うことも多い。それがうれしくて、ついつい買ってしまう。

ワンフロアを占める明るいアトリエ。大きなテーブルにスケッチブックを広げて、のびのびと制作中。

「引き出しや押し入れにしまいこんじゃうと見えないから、こうやって見えるところに置いておくんです。

エチオピアの空港で出合った、どこの誰かも知らない子どもから買った素朴な人形や、メキシコで買った土人形もいいね。

風土になじんだものはいい。楽しいものをつくるというのは素晴らしいね。見てるだけでうれしくなる。時々人形と目が合うんだけど、そうすると旅先で見た風景を思い出しますね」

部屋にあるものたちは、柚木さんの創作のヒントにもなっている。

「今の時代はものを少なくするべきだと思う人が多いかもしれないけれど、ぼくは雑誌も本も捨てずにぜんぶ取っておく。一度読んだ本でもね、この年になるといい具合になにが書いてあったか忘れちゃう。だから、ページを開くと新鮮。新しい本に見えて、また発見があるんだ」

毎日1回、3階までつながるらせん階段を一段一段ゆっくりとのぼる。好きなものに囲まれた、まるでプライベートミュージアムのようなアトリエで、考えをめぐらせながら自分のペースで仕事をする日々が続く。

アトリエの一角。メキシコのオブジェやヨーロッパの古い皿など、気に入ったものを飾っている。

焦らずに自分のペースで 作品をつくり続けること。

「ものをつくるペースはだいぶ落ちてきたね」と言うが、日々取り組んでいる作品の制作以外に、毎年さまざまな仕事の依頼が続いている。来年、再来年に向けての展覧会の準備なども含めると、予定は盛りだくさんだ。

「声をかけてくれる方がいるのはありがたいこと。やるからには自分が楽しんでやらなくちゃね」

来年には100歳を迎える柚木さんに、「つくり続ける」パワーの秘密をたずねてみた。

2年前の渡仏時にパリの蚤の市で見つけたアンティークのおもちゃのピアノ。「パッと見ていいなって思ったんだ」

「自分にいちばん向いていると思う仕事をしているから。それをとにかく死ぬまでやるしかない。でもね、その苦しみたるもの……」と笑いながら、

「一度止めちゃうとね、もう一度やろうと思ってもなかなかできないものなんですよ。だから休み前には、わざと全部終わらせないで、途中までやって残しておくの。そうするとね、休みが終わったらまたやらなきゃならないでしょ。その繰り返しです。長く続けるコツですよ」

ノートや筆、ペン、はさみなど柚木さんが使い慣れた道具が置かれている大きな作業机。描いたり、切ったり、創作の時間を過ごす場所。

これまでの人生を振り返りながら、「本当に自由になったのは80歳になってから」と言う柚木さん。これから先は〝もっと自由に、勝手なもの〟をつくろうかな、と語る。

「でもね、自由っていうのはなんだろう。難しいね。なんでもいいっていうわけじゃないから。けれど、心はいつも自由でいたいね」

過去の自分にとらわれずいつも今を見つめ、時代の変化をおもしろがりながら、さまざまな表現で作品をつくり続けてきた。いよいよ迎える100歳に向けて、さらに自由でユニークな柚木沙弥郎の世界を広げていくのだろう。

【柚木作品を身近に見る、 秋の展覧会。】

『柚木沙弥郎 life・LIFE』

型染布から絵本まで、柚木さんが生み出してきた作品の数々。遊びごころあふれるおおらかな色やかたちを、大人から子どもまで楽しむことができる展覧会。11月20日〜2022年1月30日。

●PLAY! MUSEUM
東京都立川市緑町3・1GREEN SPRINGS W3 
TEL.042・518・9625 
10時〜18時(入場は17時30分まで)
無休(年末年始のぞく)
https://play2020.jp

左・〈町の人々〉 2004年 世田谷美術館所蔵。撮影・上野則宏。右・『そしたら そしたら』文・谷川俊太郎絵・柚木沙弥郎(福音館書店)。
柚木沙弥郎

柚木沙弥郎 さん (ゆのき・さみろう)

染色家

1922年、東京都生まれ。工芸作家・芹沢銈介に師事。染色以外にも版画、絵本、立体など、幅広い分野で制作を手がける。近著に『柚木沙弥郎との時間』『柚木沙弥郎のことば』(共にグラフィック社)。11月中旬に『別冊太陽 柚木沙弥郎』(平凡社)が刊行予定。

『クロワッサン』1054号より

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