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『蔵書一代 なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか』紀田順一郎さん|本を読んで、会いたくなって。

“雑本” こそ手放さないほうがいい。

きだ・じゅんいちろう●1935年、横浜生まれ。書誌学、メディア論を専門とし創作も手がける。主著に『紀田順一郎著作集』全8巻(三一書房)、『日記の虚実』(筑摩書房)、『古本屋探偵の事件簿』(創元推理文庫)、『幻島はるかなり』(松籟社)など。

撮影・新井孝明

12畳の書斎と10畳半の書庫からあふれ出し、廊下にまで積み上げられた蔵書は約3万冊。紀田順一郎さんは80歳でそれらを処分し、手元に600冊ほど残した。

「妻が階段から落ちて大腿骨骨折したのがきっかけです。階段のない手狭なマンションに転居することにしたら、半生を通じて集めた書物が維持できなくなった」

紀田さんにとって本は命だった。あらゆる命がいずれ終わるように、蔵書はいつか散逸する。

「神奈川近代文学館の運営に携わった者として蔵書を図書館などに寄贈することも考えましたが、公共機関はどこもスペース難、予算難で個人ライブラリーの受け入れ先がない。保管サービスを利用しようか、友人や親類に譲ろうかと考えあぐねて一部は実行したものの、相手の趣味と合致しなかったりスペースがなかったり、経費がふくらむので断念しました」

日本人の蔵書が西欧の蔵書家に比べて規模が小さく、書物が散逸しやすいのは住宅事情が悪いほか、所有者の没後などに受け皿になる公共の機関が予算不足だから。

「よほど著名な作家や研究者でも蔵書の維持は困難です。私の場合も失敗に終わり “書籍なき家は、主なき家に等しい” というキケロの言葉が身に染みる。人が可能な限り生きるべきなのと同じ意味で、本を愛する人は可能な限り本を手元に置くべき。それを伝えたくて、最後になるかもしれない著書で自分の経験を詳しく書きました」

3万冊の蔵書の行き先は古書市場である。紀田さんは古書店とはもう永いつきあいになる。

「物書きを50年やってきてずっと理想だったのは、自分の部屋を一歩も出ないで著述できるだけの蔵書を持つこと。辞典や百科事典のような基本書のライブラリーを作って書棚の上のほうに据える。下のほうは一般書ですね。古書店で “雑本” と呼ばれるような一般書を、きめ細かく集めるのが蔵書のコツです。忘れ去られた本、捨てられたような本の中からピンとくるのを普段から1冊、2冊と買っておく。 “雑本” こそ身の助けです」

基本書はむしろ手に入りやすいが “雑本” は一期一会だ。

「出版社から執筆の依頼を受けてあわてて図書館や書店に行くのでは後手に回る。自分の書庫を探して使える本を2冊でも3冊でも見つけたら私の勝ち。図書館にない本や、タイトルに表れないから検索で出ない本があるわけです。じつは今でもつい本を買ってしまいます。控えているのに、つい(笑)」

松籟社 1,800円

『クロワッサン』965号より

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