日本人の蔵書が西欧の蔵書家に比べて規模が小さく、書物が散逸しやすいのは住宅事情が悪いほか、所有者の没後などに受け皿になる公共の機関が予算不足だから。
「よほど著名な作家や研究者でも蔵書の維持は困難です。私の場合も失敗に終わり “書籍なき家は、主なき家に等しい” というキケロの言葉が身に染みる。人が可能な限り生きるべきなのと同じ意味で、本を愛する人は可能な限り本を手元に置くべき。それを伝えたくて、最後になるかもしれない著書で自分の経験を詳しく書きました」
3万冊の蔵書の行き先は古書市場である。紀田さんは古書店とはもう永いつきあいになる。
「物書きを50年やってきてずっと理想だったのは、自分の部屋を一歩も出ないで著述できるだけの蔵書を持つこと。辞典や百科事典のような基本書のライブラリーを作って書棚の上のほうに据える。下のほうは一般書ですね。古書店で “雑本” と呼ばれるような一般書を、きめ細かく集めるのが蔵書のコツです。忘れ去られた本、捨てられたような本の中からピンとくるのを普段から1冊、2冊と買っておく。 “雑本” こそ身の助けです」