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『森へ行きましょう』川上弘美さん|本を読んで、会いたくなって。

森は人生の縮図であり、世界全体でもあり。

かわかみ・ひろみ●1958年、東京生まれ。『蛇を踏む』で芥川賞、『センセイの鞄』で谷崎潤一郎賞、『真鶴』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。ほか著書多数。浜田真理子さんの大ファンで、本作執筆時は「彼女の曲ばかり聴いていた」という。

撮影・森山祐子

あの時、別の道を選んでいたら……。人生の分岐点に立ち返り、「もう一人の自分」に思いを馳せたことが、誰しもあるのでは。川上弘美さんの最新作は、パラレルワールドに生きる二人の女性の物語。1966年の同じ日に生まれた「留津」と「ルツ」は、出発点こそ同じだが、その後全く異なる運命をたどることになる。

この世代って、最後の昭和的価値観の世代では。専業主婦が基本だけれど働く女性も増えたとき。まだ役割が固定化されていて、お互いの生き方を羨ましく思うことも多かったのだと思います」

0歳から始まり、60歳まで。時間軸をここまで長くとったのは、数ある川上作品の中でも初めて。

「ここ数作は、一つのポイントに焦点をあてるよりも、長い時間を俯瞰した話を描きたい時期みたいで。私自身、還暦を前に人生を振り返ることが増えたからかもしれません。一瞬のことを描いて全部を想像させるのが短編なら、長編は全部のことを描いて一瞬を想像させる、という感じでしょうか」

20代で結婚したものの、厄介な夫と姑に振り回される生活を送る留津。一方のルツは、研究所の技官の仕事が性に合い、奔放な恋愛を経て独身のまま40代を迎える。

全然違う人生なのに登場人物はほとんど同じ。でも、出会うタイミングや環境が違うだけでここまで関係性が変わっちゃうんだ、という驚きがありました」

もっとも濃密に描かれる40代は、川上さんいわく、「起承転結の “転” の時期」。留津は家庭以外の生きがいを見つけ、ルツは結婚に憧れを抱いていく。幸と不幸、明暗分かれるのかと思いきや……。

「例えば留津のように大変なことの多い人生でも、人はそれなりに適応して、うまくやっていくものなんですよね。絶対に不幸だったり、絶対に幸福だったりする人生はないんじゃないでしょうか」

タイトルの「森」には、どんな思いを込めたのだろう。

「生物学的には森の中にはなんでもあるんですよね。植物や微生物、動物がいて、太陽が差し込む。しかも、『遷移』といって森自体も少しずつ変化する。森は世界の縮図である、という気がします」

ちなみに本作、シンガーソングライター・浜田真理子さんの「森へ行きましょう」に刺激を受けて創作に至ったという。切なく不思議な雰囲気の歌を聴くように、味わいながら読めば、人生の悦びや愉快さが胸に迫る。「森」は、迷い込むほどにおもしろいのだ。

日本経済新聞出版社 1,700円

『クロワッサン』965号より

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