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『街場の天皇論』内田 樹さん|本を読んで、会いたくなって。

私はいわば “尊皇リベラリスト” です。

うちだ・たつる●1950年生まれ。思想家、武術家、神戸女学院大学名誉教授、合気道 凱風館館長。著書に『ためらいの倫理学』(角川文庫)、『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)、『日本辺境論』(新潮新書/新書大賞2010 大賞受賞)など多数。

撮影・新井孝明

「まさか自分が天皇制について本を出すとは思いませんでした」

と、内田樹さんは笑った。それは状況が大きく変化したから『街場の天皇論』という本が生まれたということでしょうか?

「そういう流れは確かにあります。2016年8月の “おことば” を、国民の多くは天皇の真率な意思表示として共感をもって受け止めましたが、安倍政権は苦い顔で生前退位の問題に手を打ち、陛下の要望に反する有識者会議の回答で報いました。 “天皇は政治的発言をすべきではない” と批判する人々がいわゆる保守派にもリベラル派にも多く、時代とのズレがあるのではと考察し始めたわけです」

世俗の権力はいつの世も天皇を御簾の奥に押し込めて、権威を利用しようとしてきましたが。

「その立場では自分の意見を持つ天皇、人格的に国民とつながる天皇は邪魔なわけです。保守派とリベラル派、右翼と左翼という対立軸が無意味になったと痛感する一例として、最近は右翼の中にも天皇を反日と批判する人々がいる」

日本国憲法の第1条で、日本国と日本国民統合の象徴と規定されている天皇が、どうして反日だなんて言えるのでしょう?

「そうですね。天皇の国事行為は憲法の第7条に規定されていて、その中に “儀式を行うこと” があります。儀式とは死者たちの慰霊だと私は考えます。戦争や災害で亡くなったすべての人たちの魂を鎮める儀式を行うのが天皇の役割。フィリピンの戦没者を慰霊に訪れた際も “フィリピン人、アメリカ人、日本人の多くの命が失われました” と、当時の敵と味方を分け隔てせずに悼む言葉を述べました。敵と味方の対立を中和するのが天皇の働きですから、党派的意図で戦犯合祀を行った靖国神社を天皇が訪れることはありません。フィリピンやパラオには行くが靖国には行かない。それを快く思わない人もいるでしょう」

確かに、故人の遺志を引き継ぐと称して利用するには対立を煽ったほうが効果的だから、分け隔てない慰霊は不都合ですね。

「立場を変えれば、平和的な関係を築くには分け隔てない慰霊こそ効果的です。そういう立場がいわゆる保守派から排除されるのであれば、同じく排除されている、いわゆるリベラル派が天皇制と正しく向き合うべきなのではないかというのが、最近の私の考えです。立憲民主制と長い伝統を持つ天皇制は両立できるし、するべきであるというのが私の天皇論です」

東洋経済新報社 1,500円

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