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『千の扉』柴崎友香さん|本を読んで、会いたくなって。

小さな関係の積み重ねで人生はできている。

しばさき・ともか●1973年、大阪府生まれ。2007年『その街の今は』で芸術選奨文部科学大臣新人賞ほか、2010年『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞、2014年『春の庭』で芥川賞を受賞。毎日新聞日曜版に「待ち遠しい」を連載中。

撮影・青木和義

群像劇の名手、柴崎友香さんが選んだ舞台は、巨大団地。新宿に近い立地で、住人は高齢化が進み、豊かな緑の中、周囲の発展から取り残されたような古い都営住宅だ。主人公の千歳は39歳。結婚相手の祖父が療養する間、留守になる一室で新婚生活を始めたばかり。登場人物はなにしろ多い。千歳の家族、近所の人々、仕事場の同僚のほか、ほんの一瞬出てくるだけの人物も丁寧に描かれて。

「今回は、ワンエピソードの人も多いですね。すれ違うだけのような薄いかかわりの積み重ねで、実は人生ってできているんじゃないかなと思うんです。1回しか会わなかった人や店で顔を合わせるだけの人、そういう出会いが何層にも重なって、玉突きのようにいろんな人生に関係してくる」

なんの前置きもなく、夫が子どもの頃や、祖父の若かった戦後など、時代をさかのぼっている場合も。小説特有の心地いいだまし絵のような感覚で、読み進めるほど、次は誰がどこにと楽しみになる。

「小説って、時間と場所を自由に行き来できるんです。なおかつ、登場人物に入り込むように体感できるのがおもしろい。描いた人生の一片を一緒に生きたように感じてくれたらうれしいです」

まさに、隣に住むおばあさん、近所の飲食店の店主など、老若男女、時代も異なるたくさんの市井の人々を見つめる視線が温かく、なにげない日常から察せられる人生がどれも愛しく感じられる。

「それぞれをあらすじ的に説明してしまうとよくある話かもしれないけれど、その人にとっては切実なことなんですよね。ちょっとした一言が岐路になることもあるし、何かを言わなかったことが岐路になることも。ささいな出来事を何十年経っても思い出すかもしれない。スペシャルではないけれど、ひとりのかけがえのないその人しか体験していない人生を誰もが持っていて、それを抱えて生きているということを、実感したいと思うんです」

ところで、団地を選んだのは、大勢の暮らしを描きたいから?

「私自身、大阪の市営住宅で生まれ育ったんです。難波にも自転車で行けるような場所で。団地というと郊外というイメージですが、そんな都心だけれど公営住宅という場所を書いてみたかった。矛盾する要素があったり、単純に類型化するとこぼれ落ちるようなものに、私は心惹かれるんです」

時代を超えて人々を見守る、団地もひとりの登場人物のようだ。

中央公論新社 1,600円

『クロワッサン』962号より

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