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『忘れられないひと、杉村春子』川良浩和さん|本を読んで、会いたくなって。

もうこんな人は出てこないと思う。

かわら・ひろかず●1947年、佐賀県生まれ。NHK入局後200本に及ぶドキュメンタリーを制作。現在は作家、プロデューサー、ドキュメンタリー塾「川良組」監督等で活躍。著書に『千年のうたかた』『闘うドキュメンタリー』など。

撮影・中島慶子

戦前、戦後を通じて『女の一生』をはじめ数多くの舞台に主演。また小津安二郎、成瀬巳喜男、黒澤明監督などの映画では印象深い役柄を演じるなど不世出の女優と呼ばれる杉村春子さん。今年は没後20年。その最晩年に番組を企画した映像プロデューサーの川良浩和さんは、残されていた1500通の手紙や、杉村さんと公私で向き合った人々の証言をもとに本書をまとめあげた。

「広島で被爆50年の取材をしている時にホテルで杉村さんがナレーションをしている番組を見たのがきっかけでした。原爆で犠牲になった中学生の話をとつとつと語る、その言葉が説得力を持って伝わるのが印象に残ったんです」

実は杉村さんは広島出身で、上京をしなければ被爆していた可能性もあった。川良さんは、インタビュー映像はあるが、素顔を含めたドキュメンタリーがないと知り、番組制作を決意する。

「杉村さんは89歳になられてましたが、全国各地で舞台を1カ月近く行い、主役を張っている。さらに僕がその舞台を見て驚いたのは、観客の視線が杉村春子一点に注がれていること。それを引きつけるだけ引きつけてから、最後は満場の拍手をもらう。こんなすごい人がいるんだと」

1997年、91歳で杉村さんは亡くなる。番組は実現せず、川良さんは喪失感を覚えるなか、遺族から杉村さんの自宅を見せてもらう。そこで目にしたのが1500通に及ぶ手紙だった。

「部屋の撮影を許されて居間に入ると、壁伝いに紙袋が並んでいてすべて手紙が詰まっている。その中には杉村さんの舞台を楽しみにしていた人との長年の書簡もあった。これを題材にドキュメンタリーができると思ったんです」

没後10年の年にこれらの手紙をもとに念願の番組も完成。本書ではその後の文通相手の人生をたどるとともに、杉村を “先生” と慕う黒柳徹子さんが聞いた「女優なんて50過ぎないと花が咲くかどうかなんてわからないのよ」と喝破した話、山田洋次監督が語る「画面にいるだけで映画が締まる」という杉村さんの存在感、あるいは人形作家のホリ・ヒロシさんが指摘する「着物のしわが芝居をしている」という仕草など多彩な顔ぶれがその魅力を伝える。

「杉村さんはどこにでもいる日本の女性を生涯演じきったんじゃないでしょうか。だから女優・杉村を書いたというより、日本の原風景を描いたと思っています」

新潮社 1,800円

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