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『今日はヒョウ柄を着る日』星野博美さん|本を読んで、会いたくなって。

自らの内面を掘り下げるエッセイの新境地。

ほしの・ひろみ●1966年、東京都生まれ。『転がる香港に苔は生えない』で大宅壮一ノンフィクション賞、『コンニャク屋漂流記』で読売文学賞、いける本大賞を受賞。他に『みんな彗星を見ていた―私的キリシタン探訪記』『戸越銀座でつかまえて』等。

撮影・尾嶝 太

中国返還前の香港で暮らした経験や漁師だった先祖のルーツ、戦国時代のキリシタンなどさまざまなテーマでノンフィクションを発表してきた星野博美さん。一方では地元商店街や家族のことを軽妙なエッセイに描いて人気だ。最新作もそんな気軽に読めるエッセイ、と読み始めたら、どうもようすが違う。「調」と題された章あたりからなにやら気配が変わるのだ。

「音楽でいえば転調というのでしょうか、途中から雰囲気が変わりますよね。書いているときはぜんぜん意識してなかったですが」

大好きだった祖父が亡くなる前日、2階の軒先でカラスが狂ったように鳴いていた。この8歳のときの記憶は果たして事実だったのか? 島原の乱で多くの人が殺された原城での尋常ならざる悪寒の正体は? 姉が意識を失ったときに目にした三途の川とは? ちょっと不思議なエピソードがならぶ。

「そのあたり、奇妙な世界に入っちゃってますね。たぶん、人間と猫とか、日本語と外国語、この世とあの世という2つの世界の境界を超えたい、行き来したいという思いが強いのかもしれません」

ここにきて、星野さんのエッセイにさらに深みというか、奥行きが加わったように感じる。

「実はこれまではノンフィクションが自分の畑で、農閑期にエッセイを書くみたいなスタンスだったのが、今回、いやエッセイというのは深い世界だぞ、もっとチャレンジしなければ、と思ったんです」

では星野さんの中で、ノンフィクションとエッセイはどのように書き分けているのだろうか。

「自分でも境界が曖昧になりつつありますが、あえていえば、ノンフィクションはある時代や地域で起こった出来事を掘り下げていく。エッセイは自分の内面を掘り下げていくということでしょうか」

加えて今回の作品では、よりユーモア面が強化されたような気がします。

「私自身、実家のある戸越銀座で暮らすようになって、明るくなったかもしれません。それまでは眉間にしわ寄せて、世の中を斜めから見ていたのが、だいぶ肩の力が抜けたところがありますね」

確かに冒頭描かれる、ヒョウ柄で武装して商店街に出没するおばあちゃんの生命力には、もはや脱帽するしかないのだ。

「一見弱々しく見えるけど、年齢を重ねても他人の世話にならず、一人で生きているってすごい。素直に、すみません、私生意気でしたって思うんですよ(笑)」

岩波書店 1,400円

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