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『凜』蛭田亜紗子さん|本を読んで、会いたくなって。

  • 撮影・藤尾真琴

昔と今は、悪い意味で変わってないかも。

ひるた・あさこ●1979年、北海道札幌市生まれ、在住。2008年、「自縄自縛の二乗」で、女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞。’10年に受賞作を改題した『自縄自縛の私』を刊行し、デビュー。 ’13年に同作が映画化された。趣味は洋裁。

遠距離恋愛中の沙矢は東京から札幌まで恋人の拓真に会いに行くが、ブラック企業に就職した拓真に予定をキャンセルされてしまう。仕方なく網走まで鉄道で一人旅する沙矢は秘境駅として有名な金華駅で降りて「常紋トンネル工事殉難者追悼碑」を見つけ、それをきっかけに過去のタコ部屋労働を知る。

「金華駅は廃止されましたが、私が見に行ったときはまだ現役でした。常紋トンネルでは1970年に壁からタコ部屋労働者のものと思われる遺骨が発見されています」

札幌生まれの蛭田亜紗子さんはこれまでに北海道が舞台の小説をいくつも書いてきたが、それらは現代の話だった。書き下ろし長編小説『凜』は現代に始まり、1914年まで遡って昔と今をつなぐ。

「女の一代記を書きたいと思っていた頃、大正時代に網走の遊郭にいて、昭和の戦後、市議会議員になった中川イセさんのことを知ったんです。

同時期に『タコベル』というタコス屋さんを検索しようとして打ち間違え、偶然タコ部屋の情報を見つけて。それで、遊郭の女とタコ部屋の男、現代の男女の物語が生まれました」

タコ部屋とは主に明治・大正・昭和の北海道で、労働者を拘束して過酷な土木工事作業を行わせた労働環境のことだ。

「遊郭とタコ部屋はシステムが似ていて、借金のカタに売られ、返済するまで働かないと出られません。タコ部屋労働者は借金を返したら付き添いと一緒に町に出て、飲み食いしたり遊郭で遊んでまた借金を作り、タコ部屋に引き戻されることが多かったようです」

1914年に遊郭に売られた胡蝶と、タコ部屋に売られた麟太郎は北海道に渡る青函連絡船で出会い、網走の遊郭で再会する。せつなくて猟奇的な物語が繰り広げられ、現代の拓真と沙矢の波乱がどこか平和に感じられもする。

「遊郭にしてもタコ部屋にしても、身を粉にして働く人から搾取することは当たり前という場所でした。100年前に比べれば今のほうがいい時代かもしれませんが、元請け、下請けから七次下請けぐらいまである公共事業のことをニュースで見たり、やりがい搾取の噂を聞くと根底は変わってないかも」

胡蝶と麟太郎、沙矢と拓真の関係を時を行き来しながら描く小説のラストは2017年8月。ちょっとだけ未来の話になる。

「過去と現在、近未来をつないだのは初めてです。この経験を生かして次は終戦の年と現在をつなぐ物語を書き上げようと思います」

講談社 1,500円

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