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『魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く』奥野修司さん|本を読んで、会いたくなって。

  • 撮影・岩本慶三

人間は物語を紡いで生きていくものだから。

おくの・しゅうじ●1948年、大阪府生まれ。ノンフィクション作家。『ナツコ 沖縄密貿易の女王』で’05年、講談社ノンフィクション賞、翌年、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『ねじれた絆』『心にナイフをしのばせて』など著書多数。

死者・行方不明者数1万8000人余を出した東日本大震災。ノンフィクション作家の奥野修司さんは、3年半の時間をかけて現地へ通い、被災者の霊体験を聞き取った。津波で逝った妻子と夢の中で何度も出会い言葉を交わす。子どもが好きだった鉄道のおもちゃが家族みんなの前で動きだす。余震で停電したときに、水没して電源も入らなかった夫の携帯が光ってあたりを照らす。18人が語った霊体験に怯えや怖れはなく、あるのは、安堵と喜び、再生の光。

「みなさん、家族以外に霊体験を話したことがなかったそうです。実は同じ時期に『「副作用のない抗がん剤」の誕生』という本の取材もしていたのですが、がんの場合、亡くなるまである程度の時間があってその間に家族も覚悟が整っていく。悲しみの大きさは時間の長さと反比例するんですね。津波は一瞬の出来事で、だから、家族を失った人は想像もつかないほど大きな悲嘆を抱えることになる」

インフラなど目に見える復興は進んでも、見えない部分、心や気持ちについてはいまだ手をつけられていないと奥野さんは指摘する。

「悲しみの先に体験した不思議な出来事を人に話しても、非科学的だと言われてよけいに傷つく。本当はグループセラピーのような形で同じ体験をした人たちで語り合うのがいちばんいいと思います。人に話すことは、つまり自分の内面を物語るということ。例えば7歳で亡くなった子どものこれまでの物語と不思議な霊体験をした今を飲みこんで、新たな物語を紡ぐことによって折り合いをつけていく。あの子の魂がそばにいるんだ。あの子はがんばって働くお母さんが好きだったから、いつまでも泣いていないでがんばろうと、そう思えるんだと思います」

魂、霊体験という再現性のないものをテーマとすることは、ノンフィクション畑の奥野さんにとってもチャレンジのひとつだった。

「受け入れられるのかという不安はありました。でも、思念──形はないけれど、そういうものも存在するんだというのが世界的な哲学の流れです。実際、見えないもののほうが人間の生活のなかで大きな部分を占めているし、そこを描かないままでいるのはおかしい。確実に、不思議な体験をした当事者にとってそれは “事実” なんだと思います。見えるものも見えないものも両方いっしょくたに在るのが人間の世界ですし……。できたら、被災地の方に多く読んでいただけるとうれしいですね。これをきっかけに自分の体験が話しやすくなるかもしれませんから」

新潮社 1,400円

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