『なかなか暮れない夏の夕暮れ』江國香織さん|本を読んで、会いたくなって。 | アートとカルチャー | クロワッサン オンライン
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『なかなか暮れない夏の夕暮れ』江國香織さん|本を読んで、会いたくなって。

読書の楽しさと不思議さをそのまま小説に。

えくに・かおり●1964年、東京都生まれ。『きらきらひかる』で紫式部文学賞、『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、『号泣する準備はできていた』で直木賞、『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』で谷崎潤一郎賞を受賞。

撮影・中垣美沙

江國香織さんの最新長編は、北欧のワンシーンから始まる。初老の男が、突如不可解に姿を消した恋人の行方を追う。これは、ミステリー?と息を飲んだところで、本作の真の主人公、稔が登場する。冒頭の物語は稔が読んでいる小説だった、というわけだ。

「小説内小説が出てくる作品にしたかったんです。本を読む楽しさと不思議さは、どこかへ出かけていくことと似ている。それをそのまま小説にしたい、と」

親の遺産で暮らす稔は、50歳を過ぎてもほとんど仕事もせず、本ばかり読んでいる。北欧ミステリーの次は、カリブの島の恋愛サスペンス。来客や外出のたびに、稔が後ろ髪を引かれながら読書を中断する場面では、読者も同じもどかしさを味わうことになる。

「私もミステリーが好きでよく読むんです。早く続きが読みたい、先が知りたいというあの気持ちを、読者にも稔と共有してほしくて、いつもの作風とは違う、緊迫感が出るジャンルを選びました」

実際に書いてみると、普段の小説とは予想以上に違っていた。

「以前、ある作品で登場人物が人を殺すシーンがあったのですが、どうしても怖くてなかなか書けなかった。それなのに、今回の小説内小説ではバンバン書けたんです(笑)。ワンクッションあることで、非現実として物語と距離を保てるというのは発見でした」

本筋のほうの登場人物はといえば、元恋人との間に子どもがいながら、学生時代のクラスメイトと一線を超えてしまう稔に、ドイツと日本を行き来する自由人の姉、年下の妻を溺愛する友人、知人のレズビアンカップル……。人生後半にさしかかってもまだまだ “現役” 、そんな大人ばかりだ。

「リアルな50代の人々を書いてみたかったんです。私の周りの同年代を見ていても、身辺ちっとも落ち着いてなくて、離婚する人もいれば、合コンに行く人もいる。50代って人生で言えば夕暮れ時、暮れてきてもいい年頃なのに、実際にはなかなか暮れない(笑)。それでいて、若い頃のように名前をつけられる関係にこだわらなくなるから、友情のセックスがあってもいいし、結婚しない恋人同士もあり。人間関係も生き方も、自由になっていくんだと思います」

少しの切なさをやり過ごしながら平穏に流れる稔の日常と、劇的な展開を迎える小説内小説。自由ゆえの大人の孤独と、それでもいつも傍らに本がある人生の幸福が、静かにこみあげてくる。

角川春樹事務所 1,600円

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