「一瞬擦れ違うだけのこともあれば、小説の底辺をずーっとヘンリー・ダーガーが流れているだけのような関わり方もあった。それもまた意外と言えば意外でしたね」
自ら書いていて意外、と?
「ええ、結果的にこうなったっていうだけで……予め私の中にある主張とか表現したい欲望とか、そういうものはたいした問題じゃないんです。偶然出会ったなにかの力が作用して小説になる。私はその観察者であり、書記、記録係であり。そんな感触で書いています」
若い頃は無我夢中で書いていたという小川さんだが、『博士の愛した数式』の執筆時、数学者に取材してから世界の捉え方が変わった。数学というこれまでまったく物語的ではないと思っていた世界に深い情緒が隠れていると知ったから。