尾道に奥飛騨、津軽。訪れた先で出合う絵に吸い込まれるように、主人公たちは現実の“向こう側”の世界に迷い込む。そして、夫婦の関係や幼少期の出来事など、日常のなかで隠していた後ろ暗い部分があらわになっていく。
「僕の作品では、異世界を描くことがよくありますが、その存在を信じているかと言われると微妙なんです。ただ、子どもの頃から、この横道を入ったら別の世界に通じているかも、みたいな憧れはあって。そんな夢みたいな感覚を小説に落とし込むのが好きです」
各話ごとに、そして全体としても不可解な部分や謎を残しつつ、物語は進む。森見さんはそれを“ブラックボックス”と呼ぶ。
「明確に語られていない部分について僕なりの想定は一応あるけれど、それが唯一の解釈ではないし、厳密に伝わらなくてもいいんです。それよりも、旅先でふとした瞬間に襲ってくる不安感や恐怖の感触を味わうように読んでもらえたらいいと思います」