「夜の嵐山は書きたかったんです。昼の嵐山は有名ですけれど、夜の神社の灯籠だけついた人通りのない嵐山を車で回ると、違う京都の姿が見えると思います」
三女の凛は大学院を修了後に東京での就職を決意する。京都生まれ京都育ちの両親からは受け入れがたい選択に家族のあいだでの葛藤が起こる。──私は山に囲まれた景色のきれいなこのまちが大好きやけど、同時に内へ内へとパワーが向かっていって、盆地に住んでいる人たちを優しいバリアで覆って離さない気がする──とその心情を綿矢さんは記す。
「私も京都の引力は感じていました。四方が山なので、守られている感じがするんです。わざわざ出る意味を考えないと、こたつみたいに出にくい(笑)。凛を通じて、京都を出ようとするときのエネルギーや、京都の持つ磁力は描きたかったです」
「そんなん思ってへんよ」「無理しいひん程度にがんばったら」「そろそろ帰ってき」といった京都弁とともに記される三姉妹や両親の会話も小気味よく、各エピソードに風情を添えている。