「もうほんとうに気前のいいご主人で、なんでも使ってくださいと。例えば将軍が使ったお成り屏風とか文人墨客が残した絵画や善四郎の旅日記や売上帳なども惜しみなく見せてくださり。すごく珍しいパターンですけど、小説より先にメイキングを発表したようで(笑)」
深川洲崎の升屋を走りとした料亭文化は八百善においても引き継がれ、当時一流の文化人とのしみじみとしながらも濃い交流が描かれる。実際、『料理通』は序文が蜀山人、挿絵が酒井抱一や谷文晁といった人気絵師が担当、豪華極まりない。そして、本書で描かれる酒井抱一のなんと魅力的なこと!
「なかなか洒落た、かっこいい人ですよね。もとは大名家の次男で後に出家しますが、芸術家というよりもその鑑賞眼に自信を持っていたのではないかと、そんな気がします。尾形光琳を見いだし、作品を集め100年忌を催して、江戸琳派の祖に。美を発見する文化を体現した人かもしれません」
善四郎もまた幾度となく抱一の薫陶を受けながら、料理人としての腕、心構えを磨いていく。その料理の見事さ、魅惑の献立に、江戸料理の充実ぶりがうかがえる。