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「オライオン飛行」髙樹のぶ子さん|本を読んで、会いたくなって。

生涯に一度きりの命がけの恋の物語です。

たかぎ・のぶこ●1946年、山口県生まれ。1984年「光抱く友よ」で芥川賞、’95年『水脈』で女流文学賞、’99年『透光の樹』で谷崎潤一郎賞、2006年『HOKKAI』で芸術選奨文部科学大臣賞、’10年「トモスイ」で川端康成文学賞を受賞。

撮影・森山祐子

リンドバーグがニューヨーク・パリ間を飛び、大西洋単独無着陸横断飛行に成功したのが1927年。サン・テグジュペリがパリ・サイゴン間の懸賞飛行に失敗して砂漠に墜落し、後に『星の王子さま』のヒントとなる瀕死の体験をしたのが1935年。この時代の飛行機乗りは冒険家であり、懸賞飛行は名誉のための競争であると同時に最先端の技術競争でもあった。

「あのころのパイロットは戦争の暗雲はあっても夢を見て冒険していました。私は飛行機が好きで、いつか自分なりの手法でこの時代を書きたいと思って、70歳にしてようやくチャレンジしました」

サン・テグジュペリが失敗したパリ・サイゴン間の飛行で、最短時間記録を保持するフランス人、アンドレ・ジャピーは当時の英雄であった。その彼が1936年、パリ・東京間を100時間以内に飛ぶ懸賞飛行にチャレンジして、悪天候のため佐賀県と福岡県の県境にそびえる背振山に墜落した。山麓の村民に救い出されたアンドレは九州帝国大学附属病院に運ばれ、そこで誠実で勤勉な看護師の桐谷久美子に出会う。

「80年前の男女の関係は普通なら埋もれてしまいます。面白いもので、人間って若くて気持ちにハリがあると物事を吸収しにくいものだけど、少し萎んだり凹んだりすると感受性に広がりが出てきますね。久美子の弟の孫にあたる里山あやめは、26歳の若さで人並みの幸せを諦めてどこか萎んでいるので、感性豊かに久美子とアンドレの秘密を解いていきます」

あやめは祖父の姉である久美子とアンドレの写真を持っている。そこに写った懐中時計も母の遺品の中にある。2年前に妻を亡くして凹んでいる鉢嶺良一の時計店にあやめが懐中時計を持ち込んで、物語は80年の時を挟んだ2つの恋愛を交互に紡ぐ形になる。恋のせつなさ、大胆な性愛描写、謎を追う醍醐味……実に面白い!

「特に面白いと思ってくださったのはどこでしょうか」

髙樹のぶ子さんに尋ねられて答えた。久美子とアンドレの間に生まれたフローランスが欧州で育てられ、日本に残った久美子に捨てられたと思っていると知って、あやめが久美子になりきって久美子の愛を伝えたときの《作り物こそ真実を告げる》という一文だと。

「私は小説家ですから、史実だけではなく夢想とか妄想とか、そういうものが心の深いところから噴き出したときに、すごいパワーを持つことを伝えたいんです」

講談社 1,600円
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