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『化粧の日本史 美意識の移りかわり』山村博美さん|本を読んで、会いたくなって。

過去の化粧をたどり美意識の違いを知る。

やまむら・ひろみ●1961年、山口県生まれ。東京女子大学文理学部英米文学科卒業。化粧文化研究家。ポーラ文化研究所を経て、美容関連の企画に多数関わる。共著に『世界の櫛』『浮世絵美人くらべ』「江戸時代の化粧」(『江戸文化の考古学』)など。

撮影・森山祐子

「最初は戦後の化粧史を書きたいと思っていたんです。7〜8年前に美容関連の雑誌の企画で、メイ牛山さんや遠藤波津子さんなど、戦前戦後の美容業界をリードしてきた方々をとりあげる機会があって、彼女たちの波瀾万丈なヒストリーの数々に感銘を受けて。でも関係者の話を聞くうちに、昭和という時代そのものが、すでにひと昔前の話になってしまっていることを痛感したんです。それならまず歴史の全体をおさえて俯瞰してみようと。これまでストレートに古代から現代までの化粧文化をとりあげた本がなかったので、通史にまとめてみました」

本書では、古代から中世、江戸、明治、大正から昭和前期、戦後の5つの時代区分に沿って、その変遷を紐解いている。日本の伝統的な化粧に使われてきた色は、「白・赤・黒」が基本。白は白粉、赤は口紅や頬紅。注目したいのが、黒のお歯黒と眉化粧である。

「平安時代から脈々と続いていた日本独自の『黒の化粧』です。江戸時代は、例えば庶民の女性なら、歯が白く眉があるのは未婚。お歯黒をしていれば既婚。眉を剃っていれば子持ちというように、女性がどのような立場にあるかが一目瞭然だったわけですね。西洋的な美意識の台頭とともにジワジワと衰退していきますが、お歯黒は昭和30年頃、地方でまだ10人くらいしていた人がいたそうです」

眉の太さについても、昭和40年代の細眉流行から昭和末期の太眉ブーム、その後のコギャルの細眉など、通史にすると見えてくる美意識の変化が興味深い。

「戦時中は“化粧などもってのほか”と抑圧されていた印象があるかもしれませんが、実はそうではありません。物資不足でも白粉とクリーム程度は許されていました。日本女性のマナーや心がけとして化粧は必須だったのです。

また、昭和21年に復刊、作家の宇野千代さんが携わった雑誌『スタイル』の中で、着るものに困る状況でも『せめて顔だけは綺麗にお化粧したいとお思ひになつたら、他のことは顧みず、また無用な気兼ねや遠慮などせず、勇敢にせつせとお化粧をなさいませ』と美容家の高桑マリさんが述べています。当時の女性たちは、どんなに勇気づけられたことでしょう」

きれいでいたいと願う心は、今も昔も変わってはいない。だからこそ、人は化粧から離れられない、と山村さんは結んでいる。自分がなぜ化粧をするのかを問いかけてくる一冊だ。

吉川弘文館 1,700円
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