「これまで描いた男の主人公は自己犠牲的で偉いんですが、一生懸命すべてを背負ってひとりで生きていく。または死んでいく。志桜里の隣に住む半五郎も、ある意味そういう男です。志桜里にも自分のことは後回しにする責任感があります。そういう二人が出会って簡単に結び合えるわけはないけど、それぞれ信じる生き方をして結果的に幸せをつかんでもらえたらいいなと」
九州豊前、小竹藩の勘定奉行の長女である志桜里は嫁ぎ先から離縁されて実家に戻っていた。庭の辛夷を眺めていると、隣に越してきた〈抜かずの半五郎〉という決して刀を抜かない侍が、
「辛夷の花がお好きですかな」
と声をかけてきた。勘定奉行の父も〈抜かずの半五郎〉も小竹藩の殿に抜擢された実務派で、格式を誇る家老たちに疎まれて危険が迫る。権謀絡みで離縁された元夫から復縁を望まれる志桜里と、つかみどころがない半五郎の距離は近づいたり離れたり。
時しあればこぶしの花も
ひらきけり君がにぎれる
手のかかれかし