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『辛夷の花』葉室 麟さん|本を読んで、会いたくなって。

幸せばかり追い求めなくても幸せになれる。

はむろ・りん●1951年、福岡生まれ。西南学院大学卒業。地方紙記者などを経て、2005年『乾山晩愁』で歴史文学賞を受賞。2007年『銀漢の賦』で松本清張賞、2012年『蜩ノ記』で直木賞を受賞。仕事の合間の息抜きは、本屋さんに行くこと。

撮影・森山祐子

 人それぞれ背負うものがある。昔の人も今の人も変わらない。男女の間には何もかも捨てて貫く恋もあるが、周囲に尽くしながら幸せになる道はないものか。

時代小説の名手、葉室麟さんの『辛夷の花』は志桜里という武家の女性が主人公だ。

「きちんとした、信じられる女性を描きたいなと思ったんですよ。自分が人のために何をできるか常に考えて生きようとしている、そういう女性に幸せになってもらいたいじゃないですか」

直木賞を受賞して映画化もされた『蜩ノ記』から続く羽根藩のシリーズなど、葉室さんは厳しい生き方を己に課す男の世界を描くことが多かった。

「これまで描いた男の主人公は自己犠牲的で偉いんですが、一生懸命すべてを背負ってひとりで生きていく。または死んでいく。志桜里の隣に住む半五郎も、ある意味そういう男です。志桜里にも自分のことは後回しにする責任感があります。そういう二人が出会って簡単に結び合えるわけはないけど、それぞれ信じる生き方をして結果的に幸せをつかんでもらえたらいいなと」

九州豊前、小竹藩の勘定奉行の長女である志桜里は嫁ぎ先から離縁されて実家に戻っていた。庭の辛夷を眺めていると、隣に越してきた〈抜かずの半五郎〉という決して刀を抜かない侍が、

「辛夷の花がお好きですかな」

と声をかけてきた。勘定奉行の父も〈抜かずの半五郎〉も小竹藩の殿に抜擢された実務派で、格式を誇る家老たちに疎まれて危険が迫る。権謀絡みで離縁された元夫から復縁を望まれる志桜里と、つかみどころがない半五郎の距離は近づいたり離れたり。

時しあればこぶしの花も

 ひらきけり君がにぎれる

  手のかかれかし

藩のため、民のため、あるいは家のために正しいと信じる道を突き進む中、志桜里と半五郎の心は和歌にある辛夷の花のように開かれてゆくのだろうか。そして幸せな結末は訪れるか。

この『辛夷の花』は葉室さんにとってターニングポイントになる重要な作品ではないかと聞きたくて仕方なかった。なぜなら、峻烈な男の世界を描く羽根藩のシリーズでも最新作の『秋霜』は女性が中心の物語だから。

「言われてみるとそうかもしれませんね。同時期に執筆している作品の中での女性像が少しずつ変わってきていて、何か譲れないものを持っている女性の活躍が多くなってきました」

徳間書店 1,700円
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