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『辰巳芳子の野菜に習う』辰巳芳子さん|本を読んで、会いたくなって。

野菜料理ができれば、肉や魚は何でもないの。

たつみ・よしこ●料理家、随筆家。いのちを支えるスープを伝えるべく開いた「スープ教室」は今年で20年、全国から熱心な生徒が通う。鎌倉の自邸の庭は、エディブル・ガーデン(食べられる庭)を体現。「山椒、柚子1本でも育ててほしい」

撮影・岩本慶三

 朝目覚めたときに、床の中でしばし宇宙を思うのが、91歳「料理家・辰巳芳子」の日課だという。

「料理と宇宙? と思うかもしれませんね。でもね、食べるということは、動植物の命が分子レベルでたちまち自分の命と入れ替わる、命の刷新そのもの。人も動物も植物も、宇宙の法則の一つ。すべてはつながっているんです」

 こと、植物は自ら動かず、ものも言わず、その姿から土のあり様や気候の変化を如実に伝えてくる。

「玉ねぎ一つとっても、さらさなくては食べられないもの。そのままでもおいしいもの。それぞれに理由があり、調理の方法も変わってくる。ものの世界と一体にならないと理解ができません」

 それを教えてくれたのが、恩師で大膳寮の料理人・加藤正之さん、母で料理家の辰巳浜子さんだ。

「加藤先生は、野菜料理とスープに力を入れていらした。一つの過程をもゆるがせになさらず、すべてを教えてくださった。セロリの株を丸ごと炊くスープも加藤先生のレシピです。煮サラダは、母の傑作。多くの野菜を同時に、同じやわらかさになるよう、じっくり蒸らし炒めをし、まとめ上げる作業は天才的でした」

 時流は、時短。簡単。手抜き。だが、それは合理性とは大きく隔たっている、と辰巳さん。

「茄子はなぜ塩でアク抜きをするのか。小松菜はなぜ茎と葉を別に扱うのか。食べ心地よく仕立てる、おいしく作ることには意味がある。なぜなら、おいしく感じなければ、栄養にはならないからなのです」

青菜が一瞬で茹ですぎてしまうように、野菜の扱いは秒を争う。肉や魚と違い、極めて移ろいやすい食材だ。いじめないように扱い、10の火を3にも2にも加減して、決して油断をしない。七分茹でたらこの味になる、八分ならという経験の積み重ね。繰り返し。

「人間関係と同じなのです。愛が育つとよく言いますが、愛なんて、一瞬で壊れたり、ちょっとの心遣いで育ったり、細心の注意を向けなければ、育てられるものではない。野菜料理は、自ずとその訓練になる。人生そのものに向き合う、生きる態度が身につきます」

 レシピ本を書いたわけではない、と辰巳さんが言う所以だ。

「まず文章をじっくり読んでほしい。命を削って書いています」

 クロワッサンの連載終了後、「いつ本になりますか?」と寄せてくださった皆さんなら、「野菜」という小窓から、壮大な宇宙を見てとってくれるだろうか。

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