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人気作家・朝倉かすみさん40代で小説家デビュー。きっかけは、
金運アップのためにはじめた園芸でした。

たとえ小さな一歩でも、何かを始めてみることで、暮らしも自分も大きく変わっていく。金運アップのために始めた園芸が、作家になる意欲の引き金になったという朝倉かすみさん。実は短大卒業後、自宅に引きこもり、アルバイトを転々とする時代もあったという朝倉さんに、運命の切り開き方を聞きました。

 
「お世話が楽しい」と話す朝倉さん。毎日霧吹きで水をかけるほか、それぞれの鉢で週に1回程度の水やりをする。

「お世話が楽しい」と話す朝倉さん。毎日霧吹きで水をかけるほか、それぞれの鉢で週に1回程度の水やりをする。

およそ9帖のリビングの窓際に、20鉢以上の植物がずらりと並んでいる。ゾウのカバーをかぶせたスプレーボトルで、シュッシュッシュッ……と楽しげに水を吹きかけるのは、作家の朝倉かすみさん。これだけの数があると水やりだけでひと仕事だが、「私の性格だと、たくさんあったほうがいいんです。ひとつだと、かまいすぎてダメにしちゃうから」と話す。

園芸歴は25年。昨年末には植物がテーマの著書を上梓したほどの愛好家である。しかし、30歳で園芸を始めた時の動機は、植物愛とはかけ離れたものだった。

「きっかけは風水です。西に黄色いものを置くと金運が高まると本に書いてあったので、黄色い花を飾ろうと思いました。お金さえあれば人生なんとかなるだろうと(笑)」

今や人気作家として活躍する朝倉さんだが、短大卒業後は就職を拒否して自宅にこもり、お金がつきてはアルバイトを転々とするモラトリアムな時期があったという。のほほんといられたのは数年間だけで、仕事が長続きしない自分を次第に責めるようになり、精神的に苦しい日々を過ごした。

20代後半でようやく「毎日、会社に通う人並みの生活」をこなせるようになったものの、独身のまま30歳をむかえた途端、今度は老後の不安が襲ってくる。ならば運頼み——と、すがったのが「風水」だったというわけだ。

自分を植物に例えるなら、すすけた「玉翁(たまおきな)」。

自分を植物に例えるなら、すすけた「玉翁(たまおきな)」。


「最初は黄色い切り花を飾っていたんですけれど、すぐに枯れるしお金もかかる。鉢のほうが長持ちするんじゃないかと、花屋さんで見つけた植木がプリムラ・ポリアンサという、ものすごくかわいい花でした。山吹色だったり、淡いレモンイエローだったり、黄色といえどもいろんな色があるんですよね。どの黄色にしようかと選んでいるうちに、なんならぜんぶ揃えたいという気持ちになって(笑)」

好きになるとコンプリートせずにはいられない性分。子どもの頃から、かわいいシールや便箋を集めているうちに、めずらしいもの、世界中のものを揃えたくなるタイプだった。花を増やす時の気持ちも、それに近いものがあるという。

窓際を埋めつくす植物たちは、日当たりに合わせて配置している。

窓際を埋めつくす植物たちは、日当たりに合わせて配置している。

ついには「西に黄色」の目的を忘れ、白やピンクなど別の色や、他の種類の花も集めだす。自分の部屋がたくさんの花で彩られるにつれて、気力・体力がつき、会社に通ってもドッと疲れることがなくなっていた。

「私はすぐに余計なことを考えて、ウジウジしちゃうんです。夢中になれるものが見つかると、他のことが気にならなくなるのが、よかったですね」

やがて花壇作りに手を広げると、気持ちはさらに変化していく。

「雑草を抜く、土を耕す、肥料をまぜる。お世話することがいっぱいありました。そうして朝起きると、いちばんに花壇に行くわけです。草花の周りを歩いていると、とてもいい気持ちになりますし、花が咲いている時の喜びといったら! 私、うれしくて歌まで作りましたもん。『赤いアネモネ』とか『マリーゴールドの歌』とか(笑)」

植物の成長は、朝倉さんの心を無条件で幸せにしてくれた。


植物たちの成長が人と違っても
いいんだと教えてくれました。

「いつの間にか大きくなっているのが、好きなんです。なぜだかわからないけれど、うれしくなる。早く大きくなってほしいわけじゃなくて、ゆっくりでもいいの。土の上に出ている葉っぱがすぐにワーッと育つ子もいれば、土の表面はぜんぜん変わらないけれども、土の下で根をいっぱいに広げてからヨイショって上に伸びる子もいます。それぞれのタイプがあるんですね。私はふつうのことができない自分にコンプレックスを持っていたので、それを知った時に『もしかして私は、先に根を張るタイプなのでは?』と思いました。人生これからなんだと」

植物たちの成長する姿から、自分の伸び代をイメージできた朝倉さんは、ひとりだとしても一生食べていけるように、手に職をつけたいと考えた。資格の取得にも挑戦したが性に合わず、小説を書くことを選ぶ。かつてのモラトリアム時代、気に入った作家の本をそれこそコンプリートするように読み込んでいた朝倉さんにとって、筆をとるのは自然な流れであった。

「ずっと自分に自信が持てなかったけれど、花壇の植物たちがちゃんと成長していると、自分がいいことをしている感覚でいられました。大きく育てられたり、どんどん増やせたり、みんなが機嫌よさそうにしていたりするのが、自信になった。園芸は根気がいるし、花を咲かせるのはそう簡単じゃありません。それができたのだから、他のこともできるのではと、小説を書き始めたんです」

園芸を続けてわかったのは、ひとつひとつの花の色みも、育つスピードも、「みんな違う」という自然の摂理。それでいいんだと気づけた時の喜びが、自分を認める力につながった。

それから10年ちょっとの月日を経て、朝倉さんは40代で小説家デビューを果たした。東京のマンションに暮らし始めてからも植物は欠かさずに、株分けしたサボテンが痩せているのをハラハラと見守ったり、7年目のテーブルヤシに初めて花が咲いたことを喜んだりしながら、毎日を送っている。

人と違った視点を活かし、40代で作家デビュー。

人と違った視点を活かし、40代で作家デビュー。


 

◎朝倉かすみさん 作家1960年、北海道生まれ。2003年「コマドリさんのこと」で北海道新聞文学賞、’04 年「肝、焼ける」で小説現代新人賞、’09年「田村はまだか」で吉川英治文学新人賞を受賞。近著に『植物たち』『たそがれどきに見つけたもの』がある。

『クロワッサン』922号(2016年4月10日号)より

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