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料理家・辰巳芳子さんが説く、
「人間の存在と食との関係」

「この春、少し体を壊しましたが、まだこうして生きているということは、使命があるのではと思わざるを得ない。使命とは何かといったら、そうね。伝え続ける、ということかしらね」

辰巳芳子さん、90歳。飽食とも崩食とも言われる時代、「人間の存在と食との関係」という哲学的な視点から提言をし続けてきました。

「戦後70年たって思うのは、私たちが遺したものは何かってこと。戦争で日本人が得たものは、悲しみだけでした。学んだことは、いのちの愛しさだと思う。でも、その学びが生かされているとは思えないわね。今の為政者は悲しみも戦争も知りません。だから憲法改正、安保法案と簡単に口に出せる。そんなもので人を守れますか?」
日本人は底が抜けてしまった、という表現を、辰巳さんはよくします。

「母親が子を檻に入れて死なせる。友人を川に入れて死に至らしめる。独特の残忍さ、無神経さがあります。自衛隊の飛行機が民間機とニアミスする。特急が衝突寸前になる。—————何でもないことを完全無欠にやっていこう とする、日本人の気風が衰えています。意志力ってものが失われているのね」

「自己実現のためにも、食を組み立てる知恵をもたないと」と辰巳さん。

「自己実現のためにも、食を組み立てる知恵をもたないと」と辰巳さん。


意志の力は、忍耐力で培われる。その忍耐力は、食べ物でつくられるというのが辰巳さんの持論です。

「精神力だけで生きていけるものではありません。脳の神経伝達だって、食べる物で変わってくる。小学生の健康診断で、男子の44%、女子の41%が生活習慣病予備軍というではありませんか。子どもの骨が脆くなっているというのも、推して知るべしよ」
 
もとを辿れば、「食」を自らの手から放してしまったことが元凶。
「静養で行っていた高知で、とれとれの鰹で私は生き返った。食はいのちそのものだって、伝えていかなくちゃね」

 

「体を養うという発想で、食事を組み立てなければ」

「鰹ってね、血液そのものを食べるようなもの。それほど力がある。ふわふわの菓子パンばかり食べている人間と、頭の回転一つとっても違ってくる」
だから今日は、その鰹をオーブンでローストして見せてくれるのだそう。それも、生姜の葉っぱでぐるぐる巻いて。辰巳さん、とっても楽しそうです。
「そうなの。実は、高知で鰹を食べたときから考えていたことでね。牛の塊肉や豚の足1本扱うように、最低四分の一の柵。できれば、半身。丸ごとローストしてみたくて仕方がなかった。高知には、鰹と一緒に生姜も葉っぱごと、軸ごと入れてと頼んだら、何にするんだ? と驚いていたけれど、軸をガルニにして焼いてみようと思う」と、おもむろに辰巳さん、その軸をかじって味を確かめます。
手前から生姜の葉、軸(茎)、蓼、わさびの葉。「香りのものを使って、食べ心地をつくるのも知恵です」

手前から生姜の葉、軸(茎)、蓼、わさびの葉。「香りのものを使って、食べ心地をつくるのも知恵です」


「うん。この風味をね、焼きながら鰹に移す。マリネしておいて、香草とともに焼くのは、賢い食べ方です。香りのものは、食べ心地をつくってくれる。とくに、暑いときや疲れているときは、食べつかせるための知恵、工夫。覚えていてほしいことですね」
辰巳さんの料理には、豪胆でありながら、自在な魂を感じさせる独自のうねりがあります。国境をらくらくと超える調理法。思いがけない取り合わせ。驚かせられることが多々ありますが、生姜の葉や軸を使うなんて、なぜこうした発想が生まれるのでしょうか。
生姜とにんにくの薄切りを貼り付けて、マリネする。皮をはいでマリネして、またかぶせておく。

生姜とにんにくの薄切りを貼り付けて、マリネする。皮をはいでマリネして、またかぶせておく。


「料理とは、ものの質と質との出合いを喜ばしい方向にもっていくこと。直観的にものの本質を一つにすることそのものが、料理なの。百錬自得と言いますが、365日料理をすることで、自ずとものの本質を見抜く稽古ができてくるものです。戦中、戦後の食糧難の時代を生きてきた人間として、言っておくわね。自分で食を組み立てる知恵をもたない者は、人であれ、国であれ、衰弱します。人は、判断力、瞬発力の低下。国は、食糧自給率の低さ。自国のもので食べられない国は、世界に対する発言権などないに等しいのに」
生姜の葉でくるんでオーブンに入れること10分。「いい景色ね。うん、とっても愉快な気分」

生姜の葉でくるんでオーブンに入れること10分。「いい景色ね。うん、とっても愉快な気分」


たしかに、諸外国は、水も食も、戦略的な重要な要素と考える。なのに、日本の無防備さは比べようがありません。

「食糧自給率40%の中身を克明に調べる必要があります。自分たちがもっているものがわかれば、何を守れるかわかる。そうでないと、漠然とした社会不安の根底が見えない。貯蓄高だけ言えば世界でも裕福な国ですが、生きている人の不安感、不安定さは日本独特のもの。それは、食糧を海外に頼っていることにあると考えています」

以前から、辰巳さんは主張していました。日本の梅は殺菌力が高いから、梅干を漬けるときに出る梅酢を、海外の難民支援に使ってほしい。干椎茸は、ブイヨンをとるときの臭み消しに。らっきょうは、エシャロットやプティオニオンにひけをとらない薬味として輸出できる。生姜もしかり。要は、日本の食をパワーに変えようと、本気で実行しようとする人間がいるか、いないかだけだ、と。

「誰か、この記事を読んで、手を挙げてくれないかしら」(相当本気です)
そうこうしているうちに、鰹が焼き上がりました。香ばしい香りが漂ってきます。

鰹のロースト、焼きトマト添え

鰹のロースト、焼きトマト添え

「さあ、この鉄鍋ごと、どんとテーブルに出しましょう。何ともいいものではないですか? クロワッサンを読んでいる方は、どうやって鰹を召し上がっているかしらね。刺身? たたき? でもね、月に1回くらいちょこっと買ってきて、2、3切れ食べていたって、悪いけど、何の役にも立ちません」
 
ローストしたてのほやほやを食べ、残りはオイル漬けにして保存。次の日は、焼き豆腐と炊き合わせる。その次の日は、ほぐしてサルサマリナーラと和えて、上等なパスタソースにします。

「こうやって、良質のたんぱく質を絶えず食べていく。展開の知恵ね」

 

鰹のロースト、焼きトマト添えの作り方

鰹の柵さくに、生姜とにんにくの薄切りを貼り付け、マリネする。
皮をはいで、身にも貼り付ける。
皮をかぶせておくのは、旨みを逃さないため。
30分たったら、まんべんなく塩・胡椒をふり、さらに30分。
一旦、生姜とにんにくをはずし、小麦粉をはたいて、表面全体に焼き色がつくまで、焼く。
再び、生姜とにんにくを貼り付け、生姜の葉でぐるぐる巻く。
200度のオーブンで10分ほど焼く。
新鮮なものなら中心部は生くらいがおいしい。保存するなら、中まで火を通したい。
鰹は高たんぱく。DHA、EPAも豊富。ビタミンB群、ビタミンD、カルシウム、亜鉛 も。オーブンに入れる前に、表面を焼く。

鰹は高たんぱく。DHA、EPAも豊富。ビタミンB群、ビタミンD、カルシウム、亜鉛
も。オーブンに入れる前に、表面を焼く。


つけ合わせは、焼きトマト。ポム・ダ・ムール(愛のりんご)。
辰巳さんの祖父の愛したレシピです。
オリーブオイルににんにくを入れ、半割したトマトをじくじく焼きつける。
ししとうと、香り付けの生姜の軸も一緒に焼き込みます。
ソースは、蓼酢で爽やかに。庄内の茄子の塩漬けを添えて。
切り分けて食べたいだけ食べよう。添えた蓼酢で食べる。爽やか。わさびの葉は湯がいて刻み、ドレッシングやマヨネーズにしてみた。

切り分けて食べたいだけ食べよう。添えた蓼酢で食べる。爽やか。わさびの葉は湯がいて刻み、ドレッシングやマヨネーズにしてみた。


 

◎辰巳芳子さん 料理家。「良い食材を伝える会」会長。「大豆100粒運動を支える会」会長。/母で料理家の辰巳浜子の薫陶を受け、45歳で料理家として立つ。海外の手法でレシピを洗い直し、「蒸らし炒め」の手法を広め、また「展開料理」など独自の料理理論を構築した。近著に『食に生きて』がある。

クロワッサン(No.907)『人生の先輩に聞く、真直生きぬく知恵』(2015年8月25日号)より

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