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『ハリネズミの願い』訳者・長山さきさん|本を読んで、会いたくなって。

周囲になじめない自分を許したくなる物語。

ながやま・さき●1963年、神戸生まれ。アムステルダム在住。オランダに住んで丸29年になるという翻訳家。訳書にトーン・テレヘン『だれも死なない』、ハリー・ムリシュ『天国の発見』『過程』など、数々のオランダの作家を日本に紹介している。

撮影・森山祐子

かわいらしいイラストの表紙に、童話のようなほっこりしたストーリーかと思ったら大間違い。孤独で気難しいハリネズミは、誰かに遊びに来てほしいと手紙を書くが、どんな訪問になるかを考えると不安すぎて、自分で勝手にとてつもない妄想を繰り広げ、やはり誰も来なくていいと逡巡を繰り返す。風呂を背負ったまま家に入ろうと全速力で衝突して壁を壊すカバ、ハリネズミのハリを残らず抜いてしまうロブスター、無言で部屋の真ん中に壁を作るビーバー……。無遠慮だったり無神経だったり、あらゆる感情を引き出すたくさんの動物たちが次々と頭に浮かび、ハリネズミの心をかき乱す。

著者のトーン・テレヘンは、内科医のかたわら、1984年に幼い娘のために書いた動物たちの物語を刊行後、ここ10年は大人向けの作品も発表しているオランダの人気作家。本作はそのひとつだ。

「児童書も、大人にファンが多いんです。動物シリーズは、オランダでは哲学的と言われていますが、私は禅的なものを感じています。たとえば、私が好きな、なんでも掘ってしまうキクイムシの話。ハリネズミの家を掘りつくしたら、歴史も未来も時間も掘ってしまい、最後には無も掘りたいという」

長山さきさんは、テレヘンさんの作品を読むとすぐに訳してしまうというほどの理解者。児童文学のようなやさしい言葉を使いながら、シュールな世界を描いていく。

「テレヘンさんの物語に惹かれるのは、どこか社会に違和感を抱えている人だと思うんです。私自身、うまく人となじめなかったことがあって。変われても楽しいけれど、変わらなくても『ハリネズミ、君のままでいいんだよ』と、自分自身を受け入れるのを許されるようなメッセージがすごくいい」

ただし、テレヘンさんにそう伝えると「それは君が思っていることだろう?」。本人にそんなつもりがないのもいいところ、と長山さん。この話はそもそも、親しい人に配るため、著者自らコピーして紐で綴った週めくりカレンダー用に書かれた文章が元になっている。

「本人は楽しんで書いているだけ。私も教訓めいた話は苦手です。でも、意図しなくても、いろんな感情が描かれることで、どんな読み手でも共感するツボが見つかる不思議な作品。長く読み親しんでもらえる可能性があると思います」

なにより読後感がいい。妄想でくたくたのハリネズミのもとに最後にあらわれた、リアルな訪問者とのやりとりには胸が熱くなる。

トーン・テレヘン 著 新潮社 1,300円
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