平松洋子さんが選んだ、
お酒が好きな先輩への贈り物。
エッセイストの平松洋子さんにとって大切な友人であり、敬慕する先輩でもあるのが坂崎重盛さん。「愛飲家だけれど、生活の中にお酒が自然にあって、食べ物にも詳しいし、とても粋な方」。その喜ぶ笑顔を思い浮かべて選んだ、とっておきの贈りものを聞きました。
坂崎重盛さん(以下、坂崎) おっ、包みに大きく「栃尾名物 油あげ」と書いてある。有名じゃないですか。
平松 坂崎さんに差し上げた人は、まだ誰もいないだろうと(笑)。東京で流通していたり、居酒屋さんで出しているのは工場で作られているものが多いんですが、これは『常太豆腐店(つねたとうふてん)』っていう、4代続く老舗のお豆腐屋さんが手揚げで作っている正調栃尾の油揚げ。あちらでは「あぶらげ」って言うんです。
坂崎 (包装紙を解いて箱を開けながら)油揚げって、変てこなプライド持ってないとこがいいですね。ああ、揚げた香ばしいいい匂い。うわ〜、すごいな。こんな感じでギッシリ入ってるんだ。しかもこの重たさ。
平松 これ一枚で200g近くあると思うんです。こんなに大きくなったのには諸説あるんですけど、江戸期から明治にかけて栃尾は馬ばくろう喰たちが集う土地でもあったんですね。彼らが酒を飲みながら手づかみで食べられるように大きくなったという説もあるらしい。
坂崎 そうですか、これが馬喰サイズ。なんだか金塊みたい(笑)。
平松 箱の感じが素朴でいいでしょう?紙製で油も吸うし、通気性もあるし、頑丈で過不足がない。箱に油が染みてる感じが坂崎さん好みかなって。包装紙も真ん中に「栃尾名物 油あげ」と、誇らしげに書いてあるだけ。目立つところには店名も入ってないんです。
平松 坂崎さんは包装紙とか箱とか、詰め方も含めて理解してくださるし、おもしろがってくださると思うけど、これが苦手な人もいるかもしれない。だから贈りもの選びは相手に合わせて考えないといけないと思うんですけど、伝わったときは喜びが倍増します。
坂崎 こんな意表をつく、しかも心あたたまる贈りものは初めてですよ。見事にやられちまいました(笑)。
平松 ニコッとしてもらえるものがいいなって思ったら、なんとなく浮かんできたんですよね。贈りものはそうやって相手が好きそうなものを想像するのが楽しいですね。思いをめぐらす時間は、その人からのプレゼントみたいな感じがします。
平松 かくありたいという姿ですよね。油揚げにおへそみたいな穴が開いてますけど、これは鉄串を刺して吊るした手作りの印なんですよ。
坂崎 居酒屋なんかのメニューに書いてあったりするから名前は知っていても、僕はちゃんと食べたことがない。いまお店の方に炙ってもらいましたが、ふっくらジューシーで実にうまいね。
平松 でも地元では本来の食べ方は煮しめだったんですって。にんじん、鰊にしんなど、いろんなものと一緒にあぶらげを三角に切って煮しめるやり方で、土地のご老人たちに聞くと煮しめは大御馳走で、お祝い事があると作るありがたいものだったそうです。
坂崎 煮しめって郷愁を誘うしね。
平松 炙って食べるのは東京の人から教わったって言ってました。いつも自宅用に取り寄せているのは8枚入りなんですが、私もまず2、3枚使って煮しめをたっぷり作ります。
坂崎 味が染みこんでおいしいだろうなぁ。これは主食になります。平松さんからの贈りものというから、飲み食いできる消えものだとは思っていましたが……。ご自身が書かれたものに消えものが気が楽だってありましたし。
坂崎 贈りものは、あげたほうは忘れて、頂いたほうは覚えているっていうのが一番いいですね。
平松 そのぐらいがちょうどいいですよね。女性にはどんなものを?
坂崎 消えもので、僕は女性の誕生日とかにはこの値段じゃご自分では絶対買わないだろうなっていうものにします。おいしいに決まってるみたいなもの。たとえば250㎖で5千〜6千円もするエクストラヴァージンオリーブオイルとか。
とらわれず、好きなように食べる、
その引き寄せ方は坂崎さんならでは
平松 坂崎さんはそういうことをさらっとなさるのがすごくお上手。さりげなさの中に気遣いが感じられるから、余計に心に響くんですよね。そんな坂崎さんのために用意した、もう一つの贈りものを出しましょう。
平松 甘いものもお好きな坂崎さんにと思って。東京・九段の『ゴンドラ』のパウンドケーキ。ご存じですか?
坂崎 僕はこれも初めてですね。
平松 創業82年の老舗が作っている、シンプルで日持ちがして大人の味。ラム酒に漬けたレーズンが入っているから坂崎さんのお口に合うかなと思って。
坂崎 ああ、レーズン色の甘い雲! すごくおいしいね。誠実な味だ。なんだか新しい愛の旅が始まる気がする。
平松 またしてもキラーフレーズ!
坂崎 あはは。このパウンドケーキ、バター風味でラム酒がきいているから、白ワインと合いますね。いっそのことワインに浸して食べちゃおうかな。ん、これは相当イケますよ。
平松 好きなように食べる、贈った方に、自在に引き寄せて頂くとうれしいです。
坂崎 こういう贈りものってお互い楽しめて、今宵で消える感じがいいよね。その一瞬はありがたいな、おいしいなって思うけど、やがて忘れてしまう。
平松 忘れていくのがいいんです。しかも思い出すのが何年後であっても、淡い感じが残っていて、その余韻がまた楽しい。だから、すぐさまお返しはないほうが……。
坂崎 僕はお返しを頂くのも大好きすけど(笑)。実は、お返しにもならないと思うけど、ちょっとしたものを仕入れてきました。これはですね、午後2時ごろ行ったんですけど運よくありまして。銀座・和光のカヌレ ドボルドー。すぐ売り切れちゃうんです。1日10個ぐらいしか作っていない限定品。予約すれば別に作ってもらえるそうなんですけどね。全部買い占めちゃうといけないなと思って、2つだけ買ってきました。
坂崎 この行ったり来たり、贈ったり頂いたりの感じってやっぱりいいなぁ。
平松 やりとりの余情っていうんでしょうか、そこが楽しい。
坂崎 つまるところ、贈りものは様ざまなものを煮合わせておもてなしにする、煮しめに尽きるってことかな。
平松 機転をきかせて、栃尾揚げの煮しめにたとえてもらえる……冥利に尽きます。煮しめの寿ことほぎの感じというか、喜ばしい感じがパウンドケーキにも通じるような気がして。しかも食べるときの坂崎さんの幸せそうな顔!
坂崎 このケーキは、何切れでも食べられそう。さすがに白ワインに浸すのは、失礼かなとは思ったけれど。
坂崎 やっぱり、おいしいものはとことん楽しみたいからね。
平松 食べることがすごくお好きだし、人間の機微というか、いろんなことをわかっていらっしゃる方だから、打ったら響くものがあって。そういう、何かを贈りたいっていう気持ちにさせてくれる人が身近にいるっていうのは、幸せなことですよね。
坂崎 お互いにそうですよ、本当にね。
◎平松洋子さん エッセイスト/シンプルで使い勝手のよい愛用品をテーマに「暮らしの足し引き」を本誌に連載中。昨年11月に新刊『味なメニュー』(幻冬舎)が発売。
◎坂崎重盛さん エッセイスト/1942年、東京生まれ。千葉大学造園学科で造園学と風景計画を専攻。卒業後、横浜市計画局に勤務。退職後、編集者・エッセイストに。著書に『粋人粋筆探訪』(芸術新聞社)など
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